つれづれ語り(多様性をあるがままに受容すること)


『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」。

2020年4月1日付に掲載された第81回は、「多様性をあるがままに受容すること」。ブレイディみかこさんの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を読んで考えたことなどを書いています。

いろいろと考えさせられる本で、本を読んだりこのコラムを書いたりする過程で、「差別意識と差別の構造」、「道徳教育と人権教育」、「平等と個人の尊厳の関係」、「グルーピングと個人の尊厳」などについてもあれこれ考えました。機会があればそれらについてもまとめてみたいと思います。

すごく読みやすいので、中高生から大人まで、多くの方に読んでいただきたい本です。

多様性をあるがままに受容すること

話題の本

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)を読みました。「ノンフィクション本大賞」等、いくつもの賞を受けている話題作ですので、既に読んだという方も多いかもしれません。

画像はアマゾンのサイトから

作者は、20年以上前から英国南端の街で暮らすブレイディみかこさん。アイルランド人の配偶者との間に生まれた息子さんは、カトリックの名門小学校を卒業後、「元底辺中学校」に進学します。その学校で、人種や国籍、経済格差など、多様性に富む複雑な人間関係のなかで、戸惑ったり悩んだりしながらも、持ち前の聡明さとしなやかさを発揮して周囲との関係を築いていく様子が綴られています。

印象的で深みのあるセリフ

親子の間で交わされる会話には、印象的で、深みのあるセリフがたくさん出てくきます。

「多様性は無知を減らすからいいこと」

「多様性っていいことなんでしょ?」「じゃあ、どうして多様性があるとややこしくなるの?」という息子さんの問いに対して、作者が答えたのがこのセリフです。

「確かに多様性は物事をややこしくするし、ないほうが楽。」だけど、「楽ばっかりしてると無知になる。」「多様性はうんざりするほど大変だし、めんどくさいけど、無知を減らすからいいことなんだと母ちゃんは思う」。

作者自身の実体験に基づく、重みのある言葉です。

「自分で誰かの靴を履いてみること」

また、期末試験で「エンパシーとは何か」という出題があったという話もでてきます。エンパシーというのは、他人の感情や経験などを理解する能力のこと。

息子さんは、「自分で誰かの靴を履いてみること、って書いた。」と事も無げに答えます。英語の定型表現で「他人の立場に立ってみる」という意味らしいですが、これ以上ないほどぴったりくる回答です。

作者は、英英辞典を引きながら、「エンパシー」と「シンパシー」の違いについて説明してくれます。

「シンパシー」は、かわいそうな立場の人や自分と似たような意見を持っている人に対して人間が自然に抱く感情。「エンパシー」は、別にかわいそうだとは思えない立場の人や、自分と違う理念や信念を持つ人がどのように考えているのかを想像する力。「シンパシーは感情的状態、エンパシーは知的作業とも言えるかも知れない」と。

息子さんは、学校の先生から、「世界中で起きているいろんな混乱を僕らが乗り越えていくには、自分とは違う立場の人々や、自分と違う意見を持つ人々の気持ちを想像してみることが大事。これからはエンパシーの時代。」と教わったことを語ります。

無知や偏見を自覚すること

現実の社会は、限りなく多様です。人種や性別、年齢、職業、収入や所得、居住地域、政治的信条、宗教的信仰等わかりやすい違いばかりではなく、好きなもの、がんばっていること、興味があること等々、一人ひとり違っていて、すべてにおいて同じということはありません。

ただ、そうした多様な現実をあるがままに受容するのは、殊の外難しいことです。同じような価値観を持つ人同士や、同じような立場の人同士であれば、自然とシンパシーを感じます。そして、同質な人間関係のなかで暮らしていれば居心地もよく、ストレスもあまり感じずに済みます。

しかしそれでは、複雑多様な現実から目を背けていることになります。また、無意識のうちに、「自分とは違う人々」に対する偏見を抱き差別してしまうことにもつながりかねません。

このため、知的作業であるエンパシー、すなわち「自分で誰かの靴を履いてみる」こと、それを通じて、自分の無知や偏見を自覚することが必要となるのでしょう。

「決めつけないでいろんな考え方をしてみることが大事なんだって。それがエンパシーへの第一歩だって。」。学校の先生が言っていたというこの言葉を胸に刻みたいと思います。


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