つれづれ語り(コロナ疲れしています)


『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」。

2020年3月18日付に掲載された第80回は、「コロナ疲れしています」です。
篤子弁護士が、休校措置や公共施設の利用中止措置について、子どもの学習権(教育を受ける権利)の観点から問題提起しています。ユネスコの声明やアメリカのCDC(疾病管理予防センター)が提唱する5条件に照らすと、一律中止や全面的禁止等の措置がいかに乱暴で、人権に対する配慮を欠いたものであるかがよくわかります。ぜひご一読ください。

コロナ疲れしています

1 テレワークの難しさ

新型コロナウイルス対策のため上越市立の小中学校も3月4日から休校となり、私も可能な限り自宅で息子たちをみています。「書類仕事やオンライン研修を受講したりして過ごせたらいいな」という淡い期待はあっさり裏切られ、朝から晩まで子どもたちの相手をして過ごしています。学校に行けず、友達とも遊べず、スポーツ教室も休みになってエネルギーを持て余した小学生男児が、大人しく座って自主的に計画的な学習などしてくれるはずもないのです。あの手この手でやる気にさせて学習プリントをやらせ、それが終わってもゲームやユーチューブ漬けにならないように適宜話し相手、遊び相手になり、家の中で暴れないように適度に外に連れ出して運動させる。そんなことをしていると、仕事ができないどころか、ヘトヘトで新聞や本を読む気力すら湧きません。学校の有難さとともに、自宅学習でそれを補うのは想像以上に大変だと痛感しています。

2 困るのは子どもたち

一斉休校の善後策として、仕事を休まざるを得なくなった保護者への支援策は打ち出されましたが、肝心の子どもたちの学習権をどう保障するのかは国内ではあまり議論の対象となっていません。オンラインで様々な学習教材が無料公開されていますが、それを活用できるかは家庭環境次第です。ユネスコは5日の声明で、休校措置により子どもたちの教育を受ける権利が損なわれるおそれがあると懸念を示し、代替的な教育手段を提供できる経済力のある家庭か否かにより教育の不平等が悪化すると警告を発しました。子どもの勉強をみている身としては大きく頷ける指摘です。

「夏休みのようなものだと思えば」との声もありますが、夏休みとの決定的な違いは、行動範囲が大きく制約されていることです。市内では休校措置に加え、「休校の趣旨を踏まえて」という理由で、休日平日に関わらず、小中高校生に限り、図書館、公民館、体育館等の公共施設の利用が中止され、青少年スポーツ活動(運動の習い事)も中止となりました。子どもたちは居場所や活動場所を軒並み奪われ、息が詰まるような生活を強いられています。

そして、それがいつまで続くのかも見通せない状況です。

3 検討すべきこと

アメリカのCDC(疾病管理予防センター)では、個人の権利・利益を制約するような感染症対策が正当化されるためには、次の5つの条件を吟味する必要があるといいます。すなわち、学校閉鎖などの施策がその目的とするものの達成のために有効であること(有効性)、施策によって達成される利益が侵害される権利・利益に勝っていること(均衡性)、その施策が必要不可欠で他の方法がないこと(必要性)、そしてなるべく権利利益の侵害を最低限にすること(最低限の侵害)が求められ、その吟味の過程も含めて、施策の根拠や意思決定過程の透明性が確保され、その施策によって影響を受ける人々を交えた吟味が行われていること(公的な正当化)が求められています。

新型コロナの拡大を防止するために学校生活に何らかの制約を設けること自体に異論はありませんが、それをどのような形で実施するのか、また休校に合わせた公共施設の利用中止に正当化の根拠があるのかについては、上記のようにきめ細やかな検討が不可欠です。すでにいくつかの地域では、休校解除、分散登校、学校開放、図書館等を利用した子どもの学習場所づくりなど柔軟な対応を取り始めています。諸外国のようにオンライン授業の体制が整っていない日本で、ただ漫然と休校措置を取り続けることは果たして許されるのでしょうか。子どもたちに公教育を受けさせることは大人たちの義務であること(憲法26条2項)を念頭に、感染症対策を理由に安易にその義務を放棄したり、不当に子どもたちの自由を制約することのないよう対策を見直す必要があると思います。

 


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