つれづれ語り(弁護士に求められること)


『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」。

2019年2月20日付に掲載された第53回は、「弁護士に求められること」です。弁護士が取り組む様々なことと弁護士法が定める責務との関係について書きました。

なお、「ボクのおとうさんは~」というコピーを題材にして、立場や時代によって異なる「正義」があると指摘する部分は、新潟県弁護士会の「学校へ行こう委員会」の弁護士が法教育の授業などでお話している内容を参考にさせていただきました。同様の教育実践は各地で行われている様です(愛知県の小学校での授業の様子を伝える中日新聞記事を紹介したブログ)。「学校へ行こう委員会」では、多種多様な授業のオファーを受けて無料で弁護士を派遣していますので、興味をお持ちの学校関係者の方がいらっしゃいましたらこちらのサイトをチェックしてみてください。

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弁護士に求められること

桃太郎というやつに

「ボクのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました。」。

新聞広告データアーカイブから

新聞広告データアーカイブから

2013年度『新聞広告クリエーティブコンテスト』の最優秀賞に選出された作品のコピーです。泣いている小鬼のイラストと手書きのコピーが印象的で、当時大きく取り上げられたのでご記憶の方も多いかも知れません。

同じ出来事でも、立場や時代が変わると、評価が大きく変わりうることを表現した秀逸な作品です。

時代が変われば

桃太郎は、鬼を退治して、鬼が村人から奪った宝物を取り返します。昔話としては、「めでたし、めでたし」で終わりますが、桃太郎のこの行為を現在の日本の法律に照らして評価するとどうなるでしょうか。

鬼が村人から宝物を奪うのは犯罪ですし、明確な違法行為です。しかし、裁判手続を経ないで、自分で宝物を奪い返すことは「自力救済」にあたり、法律上は原則として許されません。

侵害行為が止んだ後に暴行を用いて財物を奪い返せば強盗罪となりますし、相手を殺したり傷つけたりすれば強盗殺人罪や強盗傷害罪が成立することとなります(鬼が人かどうかという問題はさておき)。

立場が変われば

そして、鬼の子ども側から見れば、桃太郎は自分の父親を殺した憎むべき相手ということになります。桃太郎には桃太郎なりの、鬼側には鬼側なりの、それぞれの言い分、「正義」がある訳です。

弁護士が関わる紛争の多くも、こうしたそれぞれの言い分や「正義」が衝突して起こります。

一方当事者が記憶の通りに主張していても、反対当事者からすると、信じがたいうそ、でまかせ、でっちあげに思えてしまう。出来事に対する評価・認識や記憶は、自身に都合良くなされ、改変されていくものですので、どちらも嘘を言っているつもりはなくても、主張が真っ向から対立するのはむしろ通常のことと言えます。こうしたことを理解していないと、紛争を適切に解決することはできません。

社会正義の実現

ただ、弁護士の仕事をするうえでは、このように立場によって変わる「正義」だけではなく「社会正義」をも念頭に置く必要があります。弁護士法1条は「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現する使命を負う」と定めています。この「社会正義」というのは、個々の利害関係を超えた、公共性を伴った「正義」です。人が社会生活を送る上で自由や平等は絶対的に保障されるべきとの価値判断を前提に、これを実現することが「社会正義」であるとされています。
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例えば、公害事件や薬害事件は、安全性よりも利潤追求が優先された結果、引き起こされてきました。大規模な被害が生じることを予見できたにも関わらず、安全対策をおろそかにしたために引き起こされた人災です。被害が起こることを承知のうえで、それが発覚しない様に隠蔽策を検討していたケースすらあります。

利益を上げることは経営体としての目的そのものであり、そのこと自体は何ら責められることではありません。1つの「正義」であるということもできるでしょう。しかし、人々の命や健康を害してまでそれを追求することは、「社会正義」に反し許されません。

法律制度の改善

こうした事件で「社会正義」を実現するにはどうしたらよいでしょうか。

公害や薬害の被害者は、命を奪われてしまうこともありますし、仮に一命を取り留めた場合でも人生を大きく狂わされる様な、長く、深く、重い被害を負わされます。「社会正義」を実現するためには、こうした被害を救済することが不可欠です。

しかし、金銭賠償を原則とする一般的な法の枠組みでは、このように重大な被害に対する救済を十分に実現することができません。被害者が安心して医療を受け続けられる恒久的な対策や、同種の被害を生じさせないようにする再発防止の施策など、事件に即した制度を新たに作り上げることが必要となります。

そこで、司法府の判断=判決を得た上で、行政府や立法府に対して、被害救済制度の創設を求めていくことになります。こうしたことを目標に設定してたたかわれる裁判は、政策形成訴訟と呼ばれています。多くの弁護士で弁護団を組み、多数の被害者で原告団を組織して、集団訴訟としてたたかわれます。

弁護士はこのように、既存の法律や法解釈を形式的に適用しても「社会正義」を実現出来ない場合には、法律や制度を改善する使命まで負っており(弁護士法1条2項)、そのことが他の士業には認められていない種々の権限を付与される根拠ともなっています。