敵基地攻撃能力(反撃能力)保有と防衛費大幅増の問題点(その1 安全保障政策上の問題)


政府は、昨年末、「安保3文書(国家安全保障戦略国家防衛戦略防衛力整備計画)」を閣議決定して、敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有を決めました。また、防衛費を今後5年間で43兆円に大幅増する方針を表明しています。

こうした方針について、様々な立場の個人や団体がそれぞれの立場から問題点を指摘しています。指摘されている問題は、大別すると「安全保障政策上の問題」、「憲法・国際法上の問題」、「財政・財源に関わる問題」、「手続きの問題」の4つに分類できます。

これら4つの問題点のそれぞれについて、ポイントをまとめたうえで、具体的にどのような指摘がなされているのか、できる限りリンクを張りながらご紹介していきたいと思います。

まず初回は、安全保障政策上の問題点についてです。

目次

第1 前提知識~敵基地攻撃能力(反撃能力)のキホン

1 敵基地攻撃能力(反撃能力)とは

敵基地攻撃能力(反撃能力)とは、敵国の基地や拠点などを攻撃する装備・能力です。攻撃対象として、従来は弾道ミサイルの発射基地などが想定されてきましたが、現在では「相手国の指揮統制機能等」も含むものとされています。

安保3文書では、「反撃能力」の説明として、「弾道ミサイルによる攻撃が行われた場合、武力の行使の三要件に基づき、そのような攻撃を防ぐのにやむを得ない必要最小限度の自衛の措置として、相手の領域において、我が国が有効な反撃を加えることを可能とする、スタンド・オフ防衛能力等を活用した自衛隊の能力」と記載されています。

2 抑止力となる?

岸田総理大臣は、2022年12月16日の記者会見で、この「敵基地攻撃能力(反撃能力)」について、「相手に攻撃を思いとどまらせる抑止力となり、今後不可欠になる能力だ」として、保有の必要性を強調しています。

しかし、以下に述べるとおり、逆に危険性を高めることになりかねないと批判されています。

第2 安全保障政策上の問題①:軍拡競争でかえって危険になる(安全保障のジレンマ)

1 ポイント

(1)安全保障のジレンマ

こちらが攻撃されたときの備えとして軍備を増やしたとしても、周辺国がその意図を正しく受け取ってくれるとは限りません。むしろ、近隣国が軍備を増強すれば、攻撃されるのではないかとの懸念や疑念を生じさせ、それに対抗できるだけの力を備えなければならないと考えるのが自然です。

そうなってしまうと、果てしない軍拡競争に陥り、安全保障環境はかえって悪化してしまいます。そして最悪の場合には、「やられる前にやらなければ」という恐怖にかられた周辺国からの攻撃を誘発してしまう危険すらあります(安全保障のジレンマ)。

(2)安心供与・信頼醸成

安全保障のジレンマに陥らないようにするためには、以下のことが必要であるとされています。

  1. こちらの「能力」と「意図」を相手国に正確に伝えられること
  2. 状況に対する正しい認識(超えてはならない一線がなんであるか)が双方で共有されていること
  3. 合理的な判断がなされることに対する相互の信頼(一線を超えない限り攻撃されることはない)

日本は従来、日本国憲法のもとで「専守防衛」政策を掲げ、保有する装備についても、自衛権の行使のあり方についても、制限を設けてきました。このことは、周辺の国々に対して「こちらから攻撃しない限り日本から攻撃を受けることはない」という安心を供与したり、周辺国との間の信頼を醸成したりすることに一定程度役立ってきました。

(3)敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有は安心と信頼を損なう

ところが今回政府は、従来の安全保障政策を大きく転換し、敵基地攻撃能力(反撃能力)を保有することを決めました。これにより、これまで周辺国との間で曲がりなりにも培われてきた「安心」や「信頼」が大きく損なわれ、軍拡競争に陥ってしまうことが予想されます。

2 識者の見解(概要)

(1)石田淳 東京大学教授(国際政治)

『軍拡競争は加速し、誤認による偶発戦争も起きうる』東京新聞2022年12月18日付

敵基地攻撃を保有することで、専守防衛政策の信頼が低下し、安全保障のジレンマから抜け出せなくなる。軍拡競争が加速し相互不信が高まり、誤認による偶発戦争が起きうる。
軍備管理によって武力紛争を回避する状況をどうつくるかを考える必要がある。

(2)植村秀樹 流通経済大教授(日本政治外交史、安全保障論)

『敵基地攻撃能力持てば抑止力、は楽観的すぎる』東京新聞2022年12月10日付

日本が敵基地攻撃能力を持てば中国がおののき抑止力になるというのは楽観的すぎる。中国は経済力も資源もあり、日本が軍拡してもすぐ上回ってくる。中国のナショナリズムを非常に刺激することになる。

(3)遠藤乾 東京大学大学院教授(国際政治、安全保障、欧州連合)

『相手を脅して抑止するのは幻想だ』東京新聞2022年12月15日付

反撃能力を保有しても抑止として機能するか怪しい。相手を脅して抑止するというのは幻想だ。際限のない軍拡を誘発するおそれもある。
限られた資源は反撃能力より、抑止が破られて攻撃されてもはね返す能力の強化にあてるべき。専守防衛で培った世界的な信用資源を自らかなぐり捨てる必要はない。

(4)柳澤協二 元内閣官房副長官補

『敵基地攻撃、西願のない撃ち合いに 国民に被害及ぶ恐れ伝える必要』東京新聞2022年12月10日付

日本が敵基地攻撃能力を持っても、軍事大国の中国を抑止できるか疑問。敵基地攻撃を行えば、相手に日本を攻撃する大義名分を与えてしまう。際限のないミサイルの撃ち合いとなり国民に甚大な被害がでる。国民に都合の悪い事実を伝えていない。
力に力で対抗する抑止の発想では、最終的に核武装まで行きついてしまい、正しい答えではない。日本は国土が狭く、食料やエネルギーを自給できず、少子化も進み、戦争を得意とする国ではない。

(5)遠藤誠治 成蹊大教授(国際政治)

『軍事による安全確保に偏重』朝日新聞2022年12月17日

政府の進め方は戦後日本政治の基本的あり方を変更するに等しいことを決めるにはあまりに拙速。
また、強い軍事があれば安全がより高まるという考え方に偏り過ぎている。日本が敵基地攻撃能力(反撃能力)を持てば、今までよりも他国にとって危険な存在になることを意味し、ミサイルの早撃ち競争のように不安定性を高めかねない。
東アジアで全体として戦争を起こさない仕組みをどう構築するかが本来の安全保障政策。政府の議論には日本やアジアの将来像という大局的な観点が欠けている。

(6)岩屋毅 元防衛大臣 自民党衆議院議員

『軍事技術だけの議論 大局誤る』朝日新聞2020年7月28日

自衛隊を攻撃型に変え、それをもって抑止力とするのは、憲法では認められず、専守防衛から大きく逸脱する。わざわざ敵の基地を攻撃する体制をとると宣言することは極東地域の安全保障を極めて緊張化させてしまう。軍拡をさらに促すことになりかねない。

第3 安全保障政策上の問題②:アメリカの戦争に巻き込まれる危険(同盟のジレンマ)

1 ポイント

(1)同盟のジレンマ

軍事同盟を結んだ場合、力関係において劣位にある同盟国が陥りやすいのが「同盟のジレンマ」です。「見放されるのではないか」という不安から、優位にある同盟国の要求をできる限り受け入れる。しかし、要求を受け入れすぎると望まない事態に「巻き込まれてしまう」。巻き込まれないように距離をおくと、「見放されるのではないか」不安になる・・・というジレンマです。

(2)日本が攻撃を受けていなくても「敵基地攻撃」を行うことに

日本も長らくこのジレンマを抱えてきました。ただ、安保法制がつくられて「自衛隊ができること」の歯止めがほとんど取り払われたことで、アメリカが引き起こす戦争に「巻き込まれる」リスクの方が明確に大きくなっています。

安保3文書では、敵基地攻撃について「武力の行使の三要件の下で行われる自衛の措置にも」「行使しうる」と記載されています。これは、集団的自衛権の行使として「敵基地攻撃」を行うことも可能ということです。つまり、アメリカに対する武力攻撃がなされた場合には、たとえ日本が武力攻撃を受けていなくても、敵基地攻撃を行うことがありうるということになります。

(3)アメリカの指揮統制システムに組み込まれて

現実問題として、自衛隊は、圧倒的な情報収集能力をもつ米軍からの情報提供なしには、「敵基地攻撃」を行うことができません。このため、米軍の指揮統制システムに基づいて、自衛隊が「敵基地攻撃」を行うことが想定されています。安保3文書にも、「ミサイルに対する迎撃と反撃といった多様な任務を統合し、米国と共同して実施していく必要がある」として、「スタンド・オフ防衛能力」と「統合防空ミサイル防衛能力」を強化すると記載されています。

「統合防空ミサイル防衛(IAMD)」というのは、ミサイルやドローンなど「空からの脅威」に対応するための防衛構想です。米軍の指揮統制システムによって、イージス艦や早期警戒機、地上配備レーダー等の情報が統合され、最適な反撃・迎撃手段が示されます。

こうした運用を前提にすると、何らかの偶発的事情から米軍が攻撃を受けた際、米軍の指揮統制システムにより、最適な反撃手段は日本のミサイル発射基地からのミサイル発射がであることが示され、その指令に基づいて「敵基地攻撃」が実施されるといった事態が容易に想定されます。

このような形で「敵基地攻撃」を行えば、報復攻撃を受けるのは日本です。日本が何ら攻撃を受けていないにもかかわらず、米軍の指揮統制のもとで自衛隊が「敵基地攻撃」を行い、日本が報復攻撃を受ける。同盟のジレンマの究極の姿がそこにあります。

2 識者の見解(概要)

(1)伊藤真 弁護士

『戦争する覚悟、国民と共有できているのか』東京新聞2022年12月14日付

抑止力は能力を持つだけではなく、使う意思を相手に見せ、理解させないと効果がない。使う前提でなければ抑止できないから、保有と行使は一体だ。政治家は戦争する覚悟を国民と共有できているか。日本が攻撃すれば相手も反撃してミサイル攻撃の応酬となる。政治家は国民の命を守り、犠牲が少なくなる判断をすべきだ。
今は集団的自衛権行使も容認し、米国が攻撃されそうな時に日本が相手国領域に攻撃せざるを得なくなる。日本が全面戦争に入っていくリスクがさらに増す。

(2)半田滋 防衛ジャーナリスト 獨協大学非常勤講師 法政大学兼任講師

『「敵基地攻撃能力の保有」は、「政治の堕落」』

米軍は偵察衛星、各種レーダー、ヒューミントなどを組み合わせた高い情報収集能力を持ち、自衛隊の情報不足を補うことができる。その性能を熟知する米軍からの命令で、米政府から購入する巡航ミサイル「トマホーク」を自衛隊が発射する日がいずれくるのだろう。

第4 安全保障政策上の問題③:現場から積み上げる方式でないと役立たない

1 ポイント

防衛費を短期間で大幅に増やすやり方には、防衛費増額の必要性を主張する識者からも疑問が呈されています。

総額先にありきだと、現場にとって本当に必要なものかどうかの吟味が十分になされず多くの無駄がでたり、バランスを失したりして、防衛力を高めることにつながらない。無駄な装備を導入しても高額の維持費がかかるうえ、すぐに陳腐化してしまう。本当に必要なときに十分な対応ができなくなってしまい、結果的に防衛力にとってマイナスとなりかねない等々。

2 識者の見解(概要)

(1)香田洋二 元海上自衛隊自衛艦隊司令官

『防衛費増額への警鐘』朝日新聞2022年12月23日付インタビュー記事

身の丈を超えており、現場が最も必要で有効なものを積み上げたものなのか疑問。長射程化した12式ミサイルとトマホークの使い分けはどうするのか、極超音速ミサイルはアメリカが2兆円かけても配備計画に至っていない、人員確保に悩む自衛隊がサイバー部隊2万人も集められるのか等々。
予算に無駄があれば、防衛力にとってもマイナスとなる。多くの装備品は後年度負担があり維持費も相当かかる。選択を誤ると将来本当に必要な防衛力にお金や人材を投入できないこととなる。

(2)山田朗 明治大学教授(日本近代史、日本軍事史)

『戦前からの「兵器偏重」、実のある予算投入を』朝日新聞2023年1月16日付インタビュー記事

防衛費はすでに過去10年で大幅に増えている。さらに増額しても自衛隊の現場からの積み上げが追いつかず、金額に見合わない無駄遣いに陥りそうだ。
今回の防衛費増額は「兵器偏重」に陥っている。装備体系全体を見渡して弱点を補い、総合力を高める必要がある。本当に強化すべきは、情報収集・分析能力だ。自力で周辺諸国の動向を見極めなければ、どんな戦略や装備が必要かもわからず、反撃能力を保持しても反撃しようがない。
最新鋭兵器の更新サイクルは早く、すぐに陳腐化・旧式化する。平時は無用な軍拡をせずに経済力や技術力などの国力を養い、いざ必要になったら短期間で最新鋭兵器を開発するのが賢いやり方だ。