つれづれ語り(沖縄を生きる痛み)


『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」。

2021年12月15日付に掲載された第124回は、「沖縄を生きる痛み」です。『海をあげる』を読んで気づかされたことについて書きました。本はもちろんですが、受賞スピーチ受賞者インタビューもオススメです。

沖縄を生きる痛み

『海をあげる』

「2021年ノンフィクション本大賞」を受賞した本作は、幼い娘の健やかな成長を願う筆者が、日々の暮らしを柔らかな言葉で綴ったエッセイだ。ただ、心温まるエピソードに癒やされながら読み進めていくと、親子の穏やかな暮らしのなかに、沖縄の「絶望的な現実」がふいに顔を出し、ギクリとさせられる。

私も、その「現実」を、ニュースで見て「知っている」。しかし、そのことを自分の生活とは一定の距離がある「政治の問題」と捉えていたことに気づかされる。その「現実」は、沖縄で暮らす人々にとっては、生活と直結する問題、いやむしろ生活そのものの問題なのだ。そのことに思い至ったとき、己の無知と罪深さを自覚した。

無自覚に享受する「特権」

沖縄ではないところで暮らす私たちは、様々なことを気にせずに生活できる「特権」を享受している。家全体が震えたりテレビの画面が乱れたりすることなく暮らせる特権。爆音に遮られることなく隣の人と会話できる特権。子どもが通う学校に物が落ちてこないか心配せずに過ごせる特権。

基地のそばで生まれ育った筆者は、思春期に母親から、夕方以降に外出する際は指の間から先端を飛び出させた状態で鍵を握りしめ、誰かに連れ去られそうになったらそれを使ってとにかく暴れて身を守るように教えられたのだという。そして、自分の娘にも同様のことを教えなければならないのかと、あくまで静かな口調で語る。

構造的な差別

沖縄の「絶望的な現実」は、沖縄の問題ではない。

国土面積のわずか0.6パーセントにすぎない沖縄には、在日米軍専用施設面積の約7割が集中している。そして、米兵や米軍属による凄惨な犯罪や重大な事故が繰り返されている。95年の少女暴行事件を発端に噴き出した反対世論が普天間基地の返還合意へと結実したが、「既に存在する米軍基地の中にヘリポート施設を建設する」との話が、最終的に辺野古沖に最新鋭の基地を新たに建設する話へとすり替わった。

沖縄は、選挙や住民投票の度に繰り返し「辺野古新基地ノー」の意思を表示してきているが、日本政府は辺野古新基地建設が「唯一の選択肢」であるという空疎なフレーズを繰り返し、粛々と手続きを進めている。

こうした差別的な構造をこのまま続けていてよいのか。それは日本の問題であり、私たち自身の問題だ。

最終局面

埋め立て予定海域内の軟弱地盤について改良工事を行うための設計変更申請を、沖縄県知事が不承認としたことにより、辺野古新基地建設をめぐる問題は最終局面を迎えようとしている。

受賞スピーチで、筆者は「小さな娘のそばで沖縄を生きる痛みを、どのようにしたら本土の、東京の人たちに伝えることができるのか。」その一点だけを考えて書いたと語っている。私たちは、本書の最後に書かれた「海をあげる」という言葉をしっかり受けとめ、自身の問題と真摯に向き合わなければならない。


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