つれづれ語り(相続と”愛情の搾取”問題)


『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」。

2020年11月25日付に掲載された第97回は、「相続と”愛情の搾取”問題」です。
寄与分制度に関わる法改正について、無償ケア労働問題という角度から、篤子弁護士が語っています。

相続と“愛情の搾取”問題

1 寄与分制度とは

相続における「寄与分」という制度をご存知でしょうか。例えば、父親が既に他界しているご家庭で母親が亡くなった場合。長年実家で両親と同居して家業を手伝い、介護をしてきた長男一家と、遠方で暮らし疎遠になっていた弟一家がいるとします。この場合、母が何も遺言を残していなければ、母の遺産は法定相続人の兄と弟が2分の1ずつ相続することになりますが、何かと尽くしてきた兄と何もしなかった弟の相続分が一緒というのは不公平だと感じないでしょうか。このような不公平を解消するための制度が寄与分です。従来は相続人にしか認められませんでしたが、昨年7月に施行された改正民法(相続法)で「特別寄与料」という新しい制度ができ、相続人以外の親族(長男の妻など)も請求できるようになりました。

2 介護では認められにくい

もっとも、寄与分は、法律上の要件が厳しく、とくに介護を理由とする寄与分の主張は裁判所の審判でも2割前後しか認められないと言われています。これは、「被相続人の財産の維持又は増加について」「特別の寄与をした」ことが寄与分の要件とされているためです。つまり、①「精神的・身体的に尽くした」というだけでは不十分で、それによって「遺産が増えた又は減るのを防いだ」という関係にあることが必要で、さらに、②子の親に対する扶養義務等として「通常期待される程度」を越える貢献が必要なのです。そのため、例えば、故人が施設に入所していた頃、毎日お見舞いに行って励ますなど精神的に支え続けたという場合は、財産的な貢献ではないため寄与分とは認められず、故人がまだ元気だった頃に家に通って食事や掃除などをして家事を助けていたというような場合も、子の扶養義務の範囲内の行為であるとして寄与分とは評価されないのです。

3 見送られた法改正

もちろん、このような現行の取扱について、「何もしなかった相続人と相続分が同じなのは不平等ではないか」という声は少なくありません。実は、冒頭に書いた民法(相続法)改正の際の法制審議会でも、当初は、この不平等を解消しようという議論がありました。相続人の間で貢献の程度に大きな偏りがある場合には、それが扶養義務の範囲を超えた「特別の寄与」とまではいえなくても、寄与分として認めようという提案がされたのです。しかし、残念ながら、最終的にはこの点は法改正の対象から外されてしまいました。親族間で介護をする場合は「無報酬でやる」というのが介護する側にとってもされる側にとっても当然の前提となっており、基本的に見返りは求めていないはずだ、というのが国のスタンスであり、それを大きく動かすような改正には踏み込めなかったようです。

4 無償ケア労働を前提にしてよいのか

この顛末をみて、私は、「無償ケア労働」の問題(育児、介護、家事など家族への介護・援助のための労働に対して適正な賃金が支払われていない問題)が相続の場面でも現れていると感じました。ILOは2018年に、無償ケア労働時間のうち76.2%が女性によるもので男性の3倍を超えている現状を踏まえ、このことが多くの女性から有償労働をする機会や時間を奪い、男女の賃金格差などの経済的不平等を生み出す大きな原因となっているとして、各国に対して状況改善の取り組みを求めました。介護に見返りを求めるのは、たしかに親孝行という美徳には反するかもしれませんが、こういった時流を踏まえると、一部の親族(多くは同居家族の女性)に介護負担を押しつけるような現行社会の在り方を「当然の前提」という言葉で片付けるのは、少々時代遅れではないかと感じます。その不平等の解消につながる寄与分制度の見直しが行われなかったことは、非常に残念です。


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