つれづれ語り(9年半を経て)


『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」。

2020年9月16日付に掲載された第92回は、「9年半を経て」です。
今月11日に新潟県の技術委員会で承認された、福島第一原発事故に関する検証報告書(案)について書きました。

9年半を経て

はじめに

福島第一原発事故の発生から9年半が経った今月11日、県の「原子力発電所の安全管理に関する技術委員会」(以下「技術委員会」)の会議で、報告書『福島第一原子力発電所事故の検証~福島第一原子力発電所事故を踏まえた課題・教訓~』の案(以下「報告書案」)が了承された。

正式な報告書は、今月末までに提出される修正意見を反映させた後に完成となるが、内容の大筋は確認されたことになる。技術委員会は、今後、この検証内容を踏まえて、柏崎刈羽原発の安全対策の確認を行っていくことになるが、検証作業が大きな節目を迎えたことは間違いなかろう。

検証の概要

技術委員会による検証は、県知事が再稼働の議論の前提と位置づけている「3つの検証」の1つだ。

技術委員会は、大学の名誉教授、教授、原発で使用する機器の設計者など、原子力発電所の安全管理に関わる分野の専門家によって構成されている。

福島第一原発事故については、政府・国会・民間・東電がそれぞれに事故調査委員会を立ち上げたほか、原子力学会、原子力規制委員会等も検証を行い報告書を作成している。技術委員会はこれら委員会の委員等から説明を受けたうえで、テーマごとに議論を重ねてきた。福島第一原発の視察調査も3度に渡って行っている。

報告書案は、専門家の英知の結晶であり、原発事故の検証とそれを踏まえた原発の安全対策という点における最新かつ最高の到達を示すものと言えるだろう。その内容は多岐にわたるが、ここでは、2つの点に絞って紹介したい。

電源喪失の原因

1つは、1号機の電源喪失の原因が津波以外の要因によるものである可能性を、消極的な表現ながら認めている点である。

判断のポイントは、電源が喪失したのは津波が到達するよりも前だったのではないかという点にある。

1号機の非常用交流電圧が喪失した時刻は、15時36分台であることがわかっている。他方、津波の到達時刻については確証がなく、推計時刻は15時36分台から38分台まで、複数の説がある。東京電力は、この中でもっとも早い15時36分台を主張しているが、これは1号機建屋の大物搬入口に到達した時刻とされている。津波が建屋の内部に流れ込み、建屋内に設置されていた電源盤に到達して母線電圧がゼロになるまでには、さらに相当程度時間を要することを考えると、仮に東京電力の説を採用したとしても、津波が電源喪失の原因とは考えにくいという訳だ。

また、報告書案は、1号機の非常用復水器が地震によって損傷した可能性も認めている。

仮に、電源喪失や非常用復水器の損傷が、津波によるものではなく地震動によるものであったとすれば、新しい規制基準が定める地震対策の適否について根本的な疑義が生じることとなる。報告書案は、特に重要配管の耐震性について十分な確認を行う必要性を指摘しているが、これは最低限の要求であろう。

事故により改めて認識されたリスク

2つ目は、福島第一原発事故が発生したことで、改めて明確に認識されることとなったリスクについてである。報告書案では、「集中立地のリスク」や「共通要因故障」等も挙げられているが、ここでは対応の緊急性がとりわけ高い使用済み燃料プールの脆弱性について触れたい。

使用済み燃料プールは、使用済み燃料を冷却保管するための水槽である。大飯原発の差止めを認めた福井地裁の判決も指摘する通り、このプールの造りが極めて脆弱なのである。「使用中」の核燃料は堅固な原子炉格納容器内に収められているが、「使用済み」核燃料の方は脆弱なプールに収められていることから、大地震等の際にプールに亀裂が入るなどした場合、冷却用の水が漏れだして使用済み燃料が露出し、大気中に大量の放射性物質を放出することとなってしまうのではないかと懸念されている。これは、福島第一原発事故の際に原子力委員会委員長が作成した「最悪シナリオ」の中でも、触れられている想定である。

使用済み燃料は、原発が稼働していない今も燃料プールに収められていることから、「今そこにある危機」といえる。報告書案には「不測の事態においてもプール水位を維持する設備」の設置を検討するよう記載されている。緊急の対応が必要だろう。

終わりに

「原子力発電所の安全性を継続的に向上させる努力が重要である」。電力会社には、報告書案に記載されているこのフレーズを肝に銘じて欲しい。


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