つれづれ語り(探求する力を養う学び)


『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」。

2020年2月5日付に掲載された第77回は、「探求する力を養う学び」です。
長男(小学校5年生)の社会科教科書を読んだり、「弁護士学校派遣事業に関する意見交換会」で聞いた話などをもとに考えたことを書きました。

子ども達には、玉虫色の両論併記で終わらせるのではなく、いろいろな立場や意見を踏まえたうえで、自分なりの責任ある判断や意見表明ができるようになって欲しいと思います。

探求する力を養う学び

難解な教科書の記述

長男(小5)の社会科の教科書で食料自給率について書かれている部分を読んで驚いた。

冒頭に記載されているのは「輸入食料品が増えて、私たちの食生活を支えている」ことだ。その背景には、様々な技術の進歩により長距離輸送がしやすくなったこと、輸入制限が緩やかになったこと等の事情があることに触れた後で、「国内の食料生産が受ける影響や、食料自給率の低さを心配する声もあります。」と紹介。その後もう一度、輸入食料が増えたことで私たちの食生活が豊かになった、と強調したうえで、休耕田が増えると国土の自然がそこなわれる心配があること、外国との競争が激しくなると国内の食料生産にも影響がでてくること、輸入食料について安全性を心配する声もあること、食料生産は天候・災害などの影響を受けやすいこと、ある国からの輸入が停止しても自国の食料生産やほかの国からの輸入でまかなえるようにしておく必要があること等々が記載されている。

もちろん間違ったことが書かれている訳ではない。しかし、視点が定まらずバラバラなうえ、あいまいな表現が多用されていることから、論旨を把握することが困難。一言で言えばわかりにくすぎる文章だ。

解釈型と解決型

様々な見解に触れない方がよいと言っているのではない。しかしそれらを単に並列的に並べてしまうと、「いろんな意見があってなかなか難しい問題だ」となり、思考が停止してしまいがちだ。なんとなくわかったような気分になるだけで、理解が深まりにくい。解釈型思考の限界だ。

そうではなく、問題の構造を立体的に理解できるようにすべきではないか。国連は数十年前から世界的な食糧危機を訴えており、農水省も食料自給率の低下を長年問題視している。食料自給率は高いほうがいいということについてはほぼ異論がなかろう。「それなのにどうして低下し続けているのか」というところが問題の所在だ。こうした問題意識や素朴な疑問を持つと、他の国との関係、国内の他の産業との関係、資源が少ない日本の特質等の「原因」が見えてくる。そういう状況下でもどうしたら食料自給率を高めていけるのかということを考えるのが問題解決型の思考だ。

スウェーデンの教育

スウェーデンの学校では、「いま社会がどのような問題を抱えているか」ということから教えるのだという。それを知ると「ではどうしたらよいのか」という問題意識がごく自然に芽生えるだろう。

これに対し日本では「社会制度がどのように成り立っているのか」については教えるが、社会が抱える問題などはあまり教えない。このため学校の勉強だけをしていると、日本社会は完成された制度が滞りなく機能しており、問題や矛盾などほとんど存在しないかのように錯覚してしまう。

スウェーデンでは選挙の投票率が高く、85%を超える。若き環境活動家として注目を集めるグレタ・トゥーンベリさんもこの国の出身だ。日本では若者の低投票率が深刻で、「どうして勉強しなければならないのか」という疑問を持つ子もいる。短絡的な決めつけは避けるべきだが、両国の状況は、こうした教育の在り方の違いが影響しているように思えてならない。

時代が求めるもの

アメリカの科学誌は先日、世界滅亡までの時間を表す『終末時計』を「残り100秒」に設定したと発表した。会見では地球温暖化や、核兵器がもたらす脅威により、世界が未踏の危険領域に入ったと強い警鐘が鳴らされた。いずれも人類の存亡がかかる重大問題であり、次世代も含めた人類の英知を結集して解決にあたらなければならない。時代が求めるのは、評論家的な解釈をする人材ではなく、主体的に問題解決に取り組む人材だろう。

その意味では、新しい学習指導要領が、「予想できない変化に受け身で対処するのではなく、主体的に向き合って関わり合い、その過程を通して自らの可能性を発揮し、よりよい社会と幸福な人生の創り手となっていけるようにする」ことを目標に据え、「総合的な探求の時間」を創設するのは時宜にかなっている。

これを表面上の形式的な変更にとどめず、実のあるものにするためには、根本的な思考スタイルを、解釈型思考から解決型思考へと切り替える必要がある。単に知識を得るという学習ではなく、問題意識を明確に持ち知識を活かして問題をどのように解決していくかという、「探求」する力を身につける学びとなることを期待したい。

 


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