「台湾有事」は差し迫っているのか (敵基地攻撃能力(反撃能力)保有と防衛費大幅増の問題点その3の4)


前回のブログでは、「台湾有事」に対して軍事的な備えをしても日本の安全は高まらず、逆に「日本有事」を招くことになるという点についてまとめました。

今回は、そもそも「台湾有事」は差し迫っているのかという点について、関係国それぞれのスタンスを踏まえて考えます。

第1 アメリカ側のスタンス

1 従来の関わり方

アメリカは、朝鮮戦争以降、台湾を「反共の防波堤」の1つと位置づけ、「中華民国」政府に対して経済的・軍事的援助を行っていました。1954年には、米華相互防衛条約を締結し、この条約(7条)に基づいて、台湾に米軍を駐留させました。

1979年、アメリカは、中国との国交樹立にあたって、この条約を破棄して「中華民国」との国交を断絶しました。

ただ、「反共の防波堤」としての位置づけを維持するために、米の国内法として台湾関係法を制定しました。この法律は、台湾防衛のために軍事行動を選択する権限をアメリカの大統領に認めるものです。米軍の介入は義務ではなく、あくまでも選択肢の1つです。アメリカはこのように、中国が武力で台湾を統一しようとした際の対応にあいまいさを残すことによって、中国の軍事行動を抑止する戦略(あいまい戦略)をとってきています。

米華相互防衛条約を破棄した後も、台湾関係法に基づく軍事的関与を継続してきた

2 中国の台頭に伴う戦略の変化

オバマ政権は、急成長を続ける中国に対抗するために、アジア太平洋リバランス政策を採用して、軍事面における重点をインド太平洋地域に移す方向性を明確にしました。その方向性は、トランプ、バイデン両政権にも引き継がれています。

2022年10月12日、バイデン政権のもとで公表された「国家安全保障戦略(NSS2022)」では、中国を「国際秩序を塗り替える意図と能力を持つ唯一の競争相手」と位置づけ、それに対抗するための総合的な戦略を示しています。

(1)統合抑止

その戦略の中核概念をなすのが、「統合抑止」という考え方です。同月17日に公表された国家防衛戦略NDS2022)は、「統合抑止」について次のように説明しています。

「統合抑止とは、戦闘領域、戦域、紛争の範囲、米国の国力の他の手段、さらに同盟及びパートナーシップの比類ないネットワークを通じて、切れ目なく機能することで最大限の効果を得るように我々の強みを発展させ組み合わせることを意味する」

これは要するに、同盟国に対して軍事力の強化を求めつつ、それとアメリカの軍事力とを統合することによって、抑止力を高めるということです。

同盟国の軍事力とアメリカの軍事力を統合して中国を抑止する

アメリカは、従来、核兵器を含む圧倒的な軍事力を活かして、同盟国に対する「拡大抑止」を及ぼしてきました。しかし、アメリカ自身の国力の衰えと中国の台頭が同時に進行したことで、アメリカ単独では十分な抑止力を及ぼすことが出来なくなってきました。そこで同盟国や友好国にも抑止力の一翼を担わせるように方針を転換した訳です。

日本が「敵基地攻撃能力」を保有するよう求められたのも、このアメリカの方針が背景にあります。

(2)二国間同盟から多国間連携へ

また、これまでのような二国間同盟を並列させる「ハブ・アンド・スポーク型」から、同盟国や友好国を相互につなげる「ネットワーク型」へと転換し、事実上の中国包囲網を広げることとしました。

複数の同盟国・友好国の軍事力を統合して中国を包囲し抑止する

QUAD(日米豪印)やAUCUS(米英豪)などは、その一環と言えます。

日本経済新聞2022年6月1日付より

(3)米軍の指揮下で共同作戦を遂行

米軍関係者らは、この多国間連携を実効的なものにするために、日本を含む同盟国の軍隊を米軍の指揮下に置いて、共同作戦を遂行できるようにする必要があるとの主張を、かなりあからさまに述べています。

・クリストファー・ジョンストン(戦略国際問題研究所(CSIS)日本部長)
「米国と日本は初めて、日本国外の標的に対する武力行使を調整できるようになる必要がある」「日本は反撃能力で攻撃に対処するには、米国の情報能力、標的設定能力、損害評価能力に依存しなければならない」「米軍司令官が米韓両軍に指揮権限を持つという韓国モデルは、今日の日本ではおそらく政治的に維持できないだろうが(中略)、より統合された構造が不可欠」だ。(「米国は日本をさらに引き込まなければならない」『フォーリン・アフェアーズ』2023年1月12日)

・リン・サベージ(米空軍大佐) 
センサーと射撃統制データを他のすべての国と共有する必要がある。」「射撃を実行する各国は、迎撃ミサイルの位置と能力を共有する必要がある。各国に主権の一部を放棄させる最終権限は、政府横断的アプローチとなる必要がある。」(「自由で開かれたインド太平洋のための統合抑止」『インド太平洋問題ジャーナル』2022年1月28日付)

・ダニエル・スナイダー(スタンドード大学講師)
「これは日本国憲法が事実上禁止している、共同司令部を伴うNATO方式とはほど遠く、日米双方ともこの体制を受ける用意はない。が、NATO型への変化は静かに進行していると見ていい。日米の共同作戦計画は、以前は合同演習に隠れて行われていたが、今では公然と行われるようになった」(「米国が喜ぶ岸田首相の「安倍化」加速している事情」(『東洋経済オンライン』2023年1月13日)

3 台湾の重要性

(1)地政学的な重要性

台湾は、中国が自国を防衛するために、米軍の侵入を防ぐ軍事的防衛ラインとして設定した「第一列島線」の西側に位置しています。

西日本新聞2021年5月3日より

他方、アメリカも、この「第一列島線」を中国の太平洋進出を阻む壁と位置づけています。

特に、 弾道ミサイル(SLBM)を搭載した中国の潜水艦は、従来よりも騒音低減技術を向上させており、台湾の東海岸沖にある海底盆地から太平洋の深海に直接潜り込めるようになると、監視・探知することが極めて困難になると指摘されています。

島裕之note「【台湾の地質環境】東海岸とフィリピン海プレート」より

(2)経済的な重要性

台湾は、近年、経済的な重要性も増しています。

台湾の最先端半導体チップメーカー「TSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company/台湾積体電路製造)」は、半導体の設計を自社では行わず、受託生産に専念するビジネスモデルを確立して、世界的企業に成長しました。今や世界の最先端半導体の9割は台湾で生産されており、アップル、アマゾン、Googleなどにも半導体が供給されています。

「台湾有事」が起これば、台湾の半導体に頼る企業にとって1兆6000億ドル(210兆円)の打撃となり、さらに世界経済に数兆ドルの打撃が生じるとの調査もあります(朝日新聞デジタル2023年2月15日)。

4 デービッドソン証言をどう評価すべきか

(1)証言の背景(予算獲得のため)

以前ブログでも紹介したとおり、「台湾有事」が大々的に語られるようになったきっかけは、フィリップ・デービッドソン司令官の証言です。

「中国は、ルールにもとづく国際秩序を主導するアメリカに取って代わるという野心を加速させている。」「台湾は明らかに彼らの野心の一つであり、その脅威は今後10年で、実際には6年以内に顕在化するものと考えている。」

しかしこの証言は、「太平洋抑止イニシアチブ(PDI)」という米軍強化のための基金(国防予算とは別枠で計上される特別軍事予算)を確保するためになされたという背景をよく見る必要があります。デービッドソン証言の前に提出されたインド太平洋軍の予算要望書は、予算規模を前年度比で倍増させるものでした。

米シンクタンク『国際政策センター』のウィリアム・ハータング武器安全保障プロジェクト部長は、デービッドソン証言について、「明らかに大げさだ。米軍高官は中国リスクを現実以上に膨らませ、軍事予算を増やすための理由を作っている」と述べています。

また同氏は、「米軍は歴史的な転換時に、いつもそれ相応の理由づけをして高い軍事予算を要求してきた」「今、テロとの戦いが終わりつつあり、アフガニスタンやイラクでの駐留米軍を減らす流れへと転換している中、今度は中国との大国間競争という軍事戦略を打ち出している」とも指摘しています(朝日新聞デジタル2021年6月7日)。

(2)ミスリード

実はデービッドソン証言は、「脅威が顕在化する(the threat is manifest)」ということしか言っていないという点にも注意が必要です。脅威(threat)と、侵攻(invasion)や侵略(aggression)とでは、意味合いが大きく異なります。

そして、「軍事侵攻」については、デービッドソン司令官の上官にあたるマーク・ミリー統合参謀本部議長(制服組トップ)が、2021年6月17日の米議会下院軍事委員会の公聴会で、「近い将来に台湾武力侵攻が起きる可能性は低い」と証言しています。

また、オースティン米国防長官も、2022年9月30日に収録されたCNNのインタビューで、中国による台湾侵攻が「差し迫っているとは思わない」と述べています。

(3)まとめ

以上のことからすれば、米軍も本音のところでは、「台湾有事」(中国による武力侵攻)が差し迫っているとは考えていないと言ってよいでしょう。

第2 中国側のスタンス

1 核心的な国益

習近平国家主席は、2022年10月、中国共産党大会で、「最大の誠意と努力で平和的な統一を堅持するが、決して武力行使の放棄を約束せず、あらゆる必要な措置をとる選択肢を残す。祖国の完全なる統一は必ず実現しなければならないし、必ず実現できる。」と述べ、統一に向けた強い決意を表明しています。

また、同年11月14日に行われたバイデン米大統領との会談でも、台湾問題は「中国の核心的な国益」であり、米中関係の第一の「レッドライン」だと伝えた旨が報じられています。

2 歴史的経緯

中国がこれほど台湾を重視するのは、以下のような歴史的経緯があるためです。

(1)植民地(オランダ→清→日本)

台湾は、17世紀前半にはオランダの、その後は「清」の支配下にありました。
1895年、日清戦争の後に交わされた下関条約により、日本の植民地となりました。

(2)「中華民国」の支配下に

中国大陸では、1912年に「清」が倒れて(辛亥革命)、「中華民国」が建国されました。
1945年、「中華民国」は、国連の設立メンバーとして、安全保障理事会の常任理事国にもなりました。そして、日本の敗戦を機に、「中華民国」が台湾の管轄権を行使するようになります。

1949年、中国大陸で、共産党が国民党との争いに勝って、「中華人民共和国」が建国されました。共産党との争いに敗れた国民党は台湾に逃れ、「中華民国」の首都を台湾に移しました。

1952年、日華平和条約により、日本と「中華民国」は国交を結びました。

(3)中華人民共和国の国連加盟と日中国交正常化

1971年、国連が「中華人民共和国」を中国の代表と承認したため、「中華民国」はこれに抗議して国連から脱退します。

1972年、日中の国交が正常化されるにあたり、日中共同声明が出され、「日本政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する」こと、及び「台湾は中国の一部であるという中国政府の立場を十分理解し、尊重する」ことが確認されました。これ以降、日本と台湾は、公式な政治的・外交的関係を断つことになりましたが、民間レベルでの交流は引き続き行われました。

(4)米中国交正常化

1978年の米中共同声明で、アメリカ政府は、台湾が中国の不可分の一部であるとする中国政府の主張について「認識(acknowledge)し、異論を唱えない」としました。
1979年、アメリカは、中国との国交樹立にあたって、中華民国との国交を断絶しました。

(5)反国家分裂法の制定

2005年、中国は国内法である「反国家分裂法」を制定します。この法律は、話し合いと交渉によって平和統一を実現することを目指すとする一方で、台湾が独立を宣言した場合には「非平和的手段」をとりうることも定めています。

(6)まとめ

清の支配下にあったものを日本に奪われ、共産党に敗れた国民党が台湾に逃げ込んで支配したという歴史的経緯から、中国にとって台湾はもともと自分たちのものであり、台湾は祖国統一の最終目標と位置づけられています。アメリカや日本も、中国政府のこの立場を尊重し、異議を唱えないことを前提に国交を回復しており、国際的にも認められているものと認識しています。

3 軍事的統一は中国にとっても重大な損失をもたらす

(1)望ましいのは平和的統一

ただ、中国が望んでいるのはあくまでも平和的な統一です。

台湾を軍事攻撃すれば、半導体産業に多大な打撃を与えることは避けられず、中国にとっても重大な損失をもたらすこととなるからです。半導体産業の存在が台湾にとって盾のような役割を果たしているということで、シリコン・シールド(半導体の盾)と言われることもあります。

(2)独立は避けたい

中国が警戒しているのは、台湾が独立する事態です。アメリカが独立を促す方向で介入したり支援したりすることに神経をとがらせており、あくまでも台湾が独立しようとするのであれば、それを阻止するために武力攻撃することも辞さないというスタンスと言えます。

筑波大学名誉教授で、中国問題グローバル研究所所長でもある遠藤誉氏は、「台湾政府が独立を宣言しない限り、習近平は絶対に台湾を武力攻撃はしない」としています(『NEWSWEEK JAPAN』(2022年1月20日))。

第3 台湾側のスタンス

では、台湾住民の意向はどうなのかというと、各種の世論調査では、「独立」でも「統一」でもなく、「現状維持」を望む声が一貫して多数を占めています。2023年の調査でも、「現状維持」が78%、「永遠に現状維持」との回答が57%を占めています。

『読売新聞』2024年1月10日より

今年1月に行われた総統選では、与野党3候補のたたかいの結果、台湾の自治権を主張する与党・民進党の頼氏が当選しました。ただ、対中関係については、3党とも、「独立」でも「統一」でもない「現状維持路線」という点で共通しており、大きな争点とはなりませんでした。

第4 まとめ

1 差し迫った危険はない

中国が狙っているのは平和的統一であり、台湾が独立を主張しない限り武力攻撃をすることは考えにくい一方で、台湾は圧倒的多数が「現状維持」を望んでいる以上、「台湾有事(中国による武力侵攻)」が差し迫っているとは言えないでしょう。

デービッドソン司令官の証言も、軍事特別予算を確保するための「大げさ」なものでした。

2 偶発的な衝突がエスカレートする可能性は排除できない

ただ、アメリカと中国という2つの超大国が覇権を競っており、双方が台湾に対し、軍事的にも、経済的にも重きを置いていることからすれば、潜在的な対立の火種が存在することもまた事実です。

台湾が民主化され、経済的にも成長してきたことで、中国では焦りの気分が出はじめています。
中国が台湾統一に向けた政治的・軍事的圧力を強める→アメリカが台湾に対する武器支援を強化する→中国が軍事演習などによって不満のシグナルを発する、といった形で緊張が高まっていく悪循環もしばしば起こっています。

この点について、シンクタンク「新外交イニシアチブ」は、2021年10月に公表した「台湾問題に関する提言‐戦争という愚かな選択をしないために‐」という政策提言で以下のように述べています。

米国は、台湾との政治的関係を強化して、徐々に事実上の独立国として扱う「政治的現状変更」を試みている。これが中国を刺激し、更なる軍拡に走らせる悪循環が起きている。抑止を際限のないエスカレーションにしないためには安心供与の組み合わせが不可欠である。

双方の誤算から意図せぬ偶発的な衝突が起こり、お互いに引くに引けない状態に陥って深刻な武力衝突に発展することのないよう、警戒していくことが必要でしょう。


これまで書いてきたことを振りかえると、以下のようになります。
その3の1:「敵基地攻撃」を行った際、相手国の反撃によって日本に大規模な被害が生じる可能性があるため、自衛隊はその備えを進めていること
その3の2:「台湾有事」に自衛隊が米軍と一緒に軍事介入するための準備が進められていること
その3の3:「台湾有事」への備えとして進められている対策は、抑止力を高めるものではなく、逆に攻撃を受けるリスクを高めるものであること
その3の4:「台湾有事」が差し迫っているとは言えないこと

これらをうけて、「では日本はどのように対応すればよいのか」という点について、次回のブログで書いてみたいと思います。