「台湾有事」への備えと抑止力、住民目線で見たリスク (敵基地攻撃能力(反撃能力)保有と防衛費大幅増の問題点その3の3)


第1 「台湾有事」への備えで日本の抑止力が強化されるか

前回のブログでは、いま進められている防衛力の強化が「台湾有事(中国による武力侵攻)」の際に、米軍と一緒になって軍事介入するためのものであることを指摘しました。政府は、そのことが抑止力の強化につながると説明しています。

果たして、政府がいうとおり、「台湾有事に備えて自衛隊が米軍と一緒に軍事介入できるようにすること」が、日本に対する攻撃を抑止することにつながるのでしょうか?これもややこしい話なので順を追って説明します。

1 抑止力の一般論

抑止力というのは、反撃する「能力」と「意思」を示すことによって、相手に攻撃を思いとどまらせる力のことです。

このうち、攻撃能力を高め、仮に攻撃を受けた場合には耐え難い報復を行う意思を示すことによって攻撃を思いとどまらせることを「懲罰的抑止」と言い(赤色の矢印)、

相手の攻撃を阻止する防衛能力を高め、それを示すことによって、相手に攻撃しても無駄だと思わせて攻撃を思いとどまらせることを「拒否的抑止」と言います(黄色の矢印)。

2 従来の安全保障政策の基本方針

これまで日本の安全保障政策は、抑止力を基本に据え、日本(自衛隊)が「拒否的抑止」を担い、米軍が「懲罰的抑止」を担うものとされてきました。日本は専守防衛政策のもと相手国からの攻撃を阻止・排除する限度で防衛力を高めて「盾」の役割を果たし、相手国に反撃する「矛」の役割は米軍に託すという役割分担です。

3 「敵基地攻撃能力」保有の必要性に関する当初の説明~ミサイル防衛の代替措置

ところが、ゲームチェンジャーと呼ばれる極超音速ミサイルの登場によって、「拒否的抑止」の中核を担うとされてきたミサイル防衛システムが役に立たないことが明白になってしまいました。2020年6月に、イージス・アショアの配備計画を断念したのもそのためです。

ただ、そのままでは「抑止力」を基本とする安全保障政策は成り立ちません。そこで、日本が「盾」に徹するのでは限界がある、日本自身も「矛」の役割を果たしていくべきなのではないかという主張がなされ、敵基地攻撃能力(反撃能力)保有論が浮上した訳です。

4 ミサイル防衛の代替措置として「敵基地攻撃能力」を保有することの問題点(抑止力の限界と弊害)

(1)抑止力の限界

しかし、これは日本が「盾」に徹することの限界というよりは、抑止力に依存することそれ自体の限界というべきでしょう。

抑止力と言っても、物理的な力のようなものが存在する訳ではありません。実際に抑止されるかどうかは相手国の受け止め方次第なので、「力」と呼ぶのは相応しくないくらい、不確実かつ不安定なものです。相手国が攻めてこない状態が続いていても、抑止力が作用しているからなのか、それ以外の理由によるものなのかどうかすら確かめようがありません。

(2)抑止力の弊害(安全保障のジレンマ)

また、「敵基地」を攻撃するための軍備を備えれば、周辺国も脅威を感じ、それに対抗する形で軍備を増強するでしょう。その結果、軍拡競争が起こり、安全保障環境はより悪化してしまうという安全保障のジレンマに陥ることとなります。

当ブログでも、以上のような抑止力の限界や弊害を指摘し、批判してきました。ただ、日本に対する武力攻撃がなされた際の備えとして敵基地攻撃能力(反撃能力)が必要なのだという主張ですから、上記のような限界や弊害はありつつも、抑止力を高め得る方策の1つと評価することも可能ではあります。

5 「台湾有事」への備えとして「敵基地攻撃能力」を保有しても日本に対する攻撃を抑止することにはならない

しかし、先のブログにも書いたとおり、2021年3月以降、敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有が必要だとする根拠がすり替えられました。「台湾有事」が差し迫っており、それに備えるために敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有が必要だと主張されるようになったのです。

ただ、これはよく考えてみるとおかしなことです。「台湾有事」すなわち中国が台湾に武力侵攻した際に自衛隊が米軍と一緒になって軍事介入する「能力」を備え、その「意思」を示したとしても、中国が台湾に対する武力攻撃をためらったり思いとどまったりすることにはつながるかも知れませんが、日本に対する攻撃を思いとどまることにはつながりようがありません。

つまり、「台湾有事」への備えとして敵基地攻撃能力(反撃能力)を保有しても、日本の抑止力を高めることにはなり得ないのです。

この点をごまかすために、麻生副総理や安倍元総理が「台湾有事は日本有事」などと言って殊更に危機感を煽り、日本の安全を守るためにも「台湾有事」に備えることが必要だ、そのためにも敵基地攻撃能力(反撃能力)を保有することが必要だ等と主張した訳です。

6 「台湾有事」に備えることはむしろ日本が攻撃を受けるリスクを高める

しかし、当然のことながら、「台湾有事」=日本有事ではありません。むしろ、「台湾有事」に軍事介入する米軍に協力したり、米軍と一緒に軍事介入したりすることによって、日本が攻撃を受けるリスクが高まるのです。

(1)米軍の出撃を認めれば在日米軍基地が攻撃される

「台湾有事」が起こった際、米軍が軍事介入するためには、在日米軍基地を出撃拠点とすることが必要となります。アメリカのシンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」が、2023年1月に公表した台湾有事のシミュレーション(The First Battle of the Next War:Wargaming a Chinese Invasion of Taiwan)でも、それが不可欠の条件であるとされています。

「台湾有事」に際し、米軍が在日米軍基地から出撃すれば、中国はその拠点である在日米軍基地を攻撃するでしょう。上記のシミュレーションでも、沖縄の基地は壊滅的被害を受けるとされています。

なお、在日米軍基地からの出撃を認めるかどうかは、日米両政府の「事前協議」の対象とされています(安保条約第6条の実施に関する交換公文参照)。日本が戦争に巻き込まれないためには、そこでの対応が極めて重要です。

「日本国から行なわれる戦闘作戦行動(前記の条約第五条の規定に基づいて行なわれるものを除く。)のための基地としての日本国内の施設及び区域の使用は、日本国政府との事前の協議の主題とする。」(「条約第六条の実施に関する交換公文」より)

(2)より積極的に関与・協力すれば自衛隊の基地や施設も標的になる

また自衛隊が、米軍の「後方支援」をしたり、米軍の情報や指令に基づいてミサイルを発射するなどの形で積極的に関与したりすれば、米軍基地だけではなく、自衛隊の基地や施設も標的になるでしょう。

つまり、「台湾有事」がすなわち日本有事なのではなくて、敵基地攻撃能力(反撃能力)を保有するなどして「台湾有事」への軍事的備えを進め、米軍に協力しようとすればするほど日本有事を招きやすくなる訳です。

7 まとめ

以上のとおり、「台湾有事」に備えて自衛隊が米軍と一緒に軍事介入できるようにしても、日本に対する攻撃を抑止することにはなりません。むしろ、米軍に協力することによって、日本を武力攻撃する理由や口実がうまれ、日本有事を招くこととなります。

第2 自衛隊が進める対策では住民の被害は防げない

先のブログで、自衛隊が攻撃に対する備えを進めていることを紹介しました。しかし、「それなら安心」とは言えません。なぜなら、自衛隊の対策は、あくまでも継戦能力(攻撃を受けても戦闘を継続できる能力)を向上させるためのものであって、住民の「大規模な被害」を防ぐためのものではないからです。

1 強靭化されるのは自衛隊施設のみ

自衛隊関連施設では、化学兵器・生物兵器・核兵器などによる攻撃に備えて、強靱化工事が進められています。しかし、強靭化されるのは、あくまでも自衛隊関連施設のみです。強靱化工事によって周辺住民の安全が高まる訳ではありません。

防衛省配布資料「自衛隊施設の強靭化に向けて」より

それどころか、自衛隊関連施設が強靱化されれば、それを打ち破るために、攻撃手段もより強力なものが選択されることとなり、却って周辺住民のリスクが高まるおそれすらあります。仮に、核兵器、化学兵器、生物兵器等が使用されれば、周辺住民の被害が甚大なものとなることは確実です。

2 各地に新設される大型弾薬庫はリスクの拡散

また、先のブログにも書いたとおり、自衛隊は2032年度までに、大型弾薬庫を新たに130棟造設するとしています。そして、2024年度予算案では、14カ所の弾薬庫を新設する建設費として222億円が計上されています。

しんぶん赤旗2023年12月27日付

弾薬庫は、戦争になった際もっとも攻撃されやすい施設の1つです。ロシアもウクライナもお互いの弾薬庫を繰り返し攻撃しています。長射程のミサイルを保管する大型弾薬庫となれば、真っ先に標的とされるでしょう。そして弾薬庫が攻撃された場合の被害の大きさは言うまでもありません。

弾薬庫をたくさんつくるのはリスクを分散させるためでしょうが、住民の目線で見ればリスクの拡散に他なりません。

3 民間の空港や港湾も攻撃対象に

さらに、自衛隊の機動展開能力を強化するために、民間の空港や港湾の一部を「特定重要拠点空港・港湾」と位置付けて、軍事利用できるよう整備する計画も進められています。

朝日新聞デジタル 2023年11月26日 掲載

民間の空港や港湾であっても、軍事利用すれば攻撃対象となりうるので、これも住民の目線で見ればリスクの拡散以外のなにものでもありません。

4 まとめ

以上のとおり、自衛隊の備えは、攻撃を受けても戦闘を継続できるようにするための備えであって、住民の安全を確保するための備えではありません。自衛隊が進める備えは、住民目線で見ればリスクを高め、リスクを拡散させるものと言えます。


このように、今進められている敵基地攻撃能力(反撃能力)保有と防衛費大幅増は、私たち個人個人の目線で見ればリスクを高めるものと言わざるを得ません。またこの問題を考えるうえでは、大前提として、「台湾有事」は本当に差し迫っているのかという点についても慎重な検討が必要です。この点については、次回のブログで取り上げたいと思います。