猿田佐世さん講演会『日本の安全保障のいま~戦争の連鎖を止めるにはどうしたらよいのか』


3月22日(金)、新潟県弁護士会の主催で、猿田佐世さんの講演会が開催されました。

概要をご覧いただければわかると思いますが、お話の全体がご自身の実体験やこれまでに培った現場感覚に基づくものなので、格別の説得力と納得感がありました。あるお話ではスケールの大きさに圧倒され、またあるお話では論理の緻密さに唸らされるという感じで、知的刺激と活力をたっぷり受け取ることができる素晴らしい講演でした。

講演の概要を以下に記載します。

はじめに

今から15年くらい前に、5年間のアメリカ留学に行った。ワシントンの大学院で留学生活を送っていた頃、日本では自民党政権から民主党政権に代わった。辺野古の新基地建設をめぐる「混乱」をワシントン側から見ていて、「ズレ」のようなものを感じることが多かった。

日本では「アメリカからの圧力」として受け止められていることも、実は一部の日本人、外務省、防衛産業、原発産業、メディア等の中のごく一部の人がワシントンでロビイングして作り出した「日本製の外圧」に過ぎない。その不合理で非民主的な実態を知り、驚いた。

imidas 「ワシントン拡声器」とは何か より

そんな折、沖縄の友人から「どうして首相があれほど訴えているのに状況が動かないのか。ワシントンで日本の外交官は何をしているのか」との連絡が入り、「自分が一人ひとり会いに行って沖縄の人の気持ちを伝えていこう」と考えた。米下院外交委員会・アジア太平洋環境小委員会の委員長に面談して沖縄の人々の声を伝えた際、「それは大変な問題だね。ところで沖縄には人口がどれくらいいるの?2000人くらい?」などと言われ衝撃を受けた。

地図を見せたりしながら改めて状況を丁寧に説明したところ、「それは酷いね。大きな人権問題だ。今度のクリスマス休暇を利用して日本に行ってあげるよ。」と言ってくれた。その議員は、実際に面談の3週間くらい後に訪日して状況を視察。「一番大切なのは沖縄県民の気持ちだ」と語った言葉が新聞紙面を飾った。

伝えるべきところに伝えれば響くし、アメリカ人が言うとすぐ記事になることがわかった。留学生活を終えて日本に帰国した後、「新外交イニシアティブ(ND)」を作って、各種の政策提言をしたり、日本の政治家の訪米ロビイングをコーディネートしたりしている。

第一部 日本の状況

1.現状

攻められたらどうするか

北朝鮮がミサイルを開発しているのは、アメリカの東海岸に届くようにしたいから。日本を狙っている訳ではないし、仮に被害が出てしまったら政権が崩壊するからそうならないように慎重を期している。

ロシアが南下して日本を侵略するかと言えば、ウクライナで苦戦している中、とてもそのようなことができる状態ではない。

中国が尖閣諸島を取りにくるかと言えば、エネルギー資源があるかどうかもわからないような島を多大な犠牲とリスクを払って取りにくることは考えられない。

リスクとされていることを1つ1つ確認していけば、日本が何もしないのに攻められるようなことは考えられないということがわかる。唯一日本が戦場になるリスクがあるのは、米中紛争である「台湾有事」に巻き込まれたときだけ。だから日本の安全政策の絶対命題は、「台湾有事(戦争)を回避せよ」ということ。

安保三文書改訂と西側の囲い込み

2022年12月に安保三文書を改訂して、「敵基地攻撃能力(反撃能力)」の保有、防衛費の倍増(GDP比2%)、武器生産・武器輸出推進などを決めた。軍事力を高めて抑止するということとともに、対処力、継戦能力を高めようとしている。

「統合抑止」、FOIP(自由で開かれたインド太平洋構想)、AUKUS(米英豪軍事同盟)、QUAD(日米豪印)、日米韓軍事協力、日米比の連携など、多国間の枠組みを強化して、「民主主義と権威主義の戦い」を勝ち抜こうという発想。

軍事力を拡大して日本は安全になったのか

ではそれで安全になったのか。1年以内の動きをざっと見ても、北朝鮮の核ミサイル演習が増加し、ロシアと北朝鮮の軍事協力が進み、中国とロシアが日本周辺で軍事演習を行い、中国やロシアが核開発を促進させるなど、際限のない軍拡競争が展開されている。典型的な安全保障のジレンマに陥っている。

冷戦終了後30年やってこの状況なのだから、いい加減この方向性ではダメだと気付くべき。

2.どこが間違っているのか(2つの愚かさ)

自分たちへの影響を語らない愚かさ

防衛研究所が行った「台湾有事」のシミュレーション。中国のミサイル攻撃を阻止するのは困難であるとしつつ、対艦攻撃などによって海上で足止めし、台湾や尖閣への上陸を防ぐ、米軍が駆けつけるまで半年から1年の時間を稼ぐとしている。

その半年から1年の間に沖縄でどれだけの死者が出るのか。琉球新報の2023年1月1日付1面トップ記事で、防衛研究所の室長の見解が掲載された。中国は非常に精密な攻撃能力を有しており、被害は米軍・自衛隊使用の飛行場や港湾に収まり、民間人が巻き込まれることはほとんどないだろうという、あまりにも現実からかけ離れたものだった。

実際に、宮古島市や石垣市の住民が避難するためには、800機以上の航空機が必要で、それをフル稼働させても10日間かかるとされている。ウクライナでは10日間で民間人の犠牲者がどれだけ出ているか。民間航空機を本当に飛ばせるか、誰が操縦するのかなど、あらゆる意味で現実離れしている。

2023年11月6日、練馬駅で弾道ミサイルを想定した「避難訓練」が実施された。その様子を見た映画監督の三上智恵さんが、2つの意味で戦前の竹やり訓練と同じだとコメントされていた。1つは何の役にも立たないという意味で、もう1つは国民に恐怖感や嫌悪感を植え付けて従順にさせていくという意味で。

中国に軍事力のみで対抗しようとする愚かさ

日本の軍事力は、防衛費を増やす前からすでに世界有数。2022年の「グローバル・ファイヤーパワー」の調査では世界で5番目とされていた。他方で、米中との格差はかなり大きく、仮に計画通りに防衛費を2倍にしても、米中にはまったく追い付かない。GDP比で中国は日本の4倍に達しており、国民の生活レベルを維持することを前提にすると、まったく対抗できない。

Michael D. Wallaceというアメリカの研究者が、1816年から1965年までの150年間における軍拡競争と戦争との関連性に関する実証データをとりまとめている。それによると、軍拡競争がある場合に戦争に至った確率が82%だったのに対し、軍拡競争がない場合に戦争に至らなかった確率は96%だった。

3.どうしたらいいのか

台湾有事の回避のために

詳しくは、新外交イニシアティブの提言『戦争を回避せよ』を読んで欲しいが、ポイントとなるのは、「抑止力」を発揮するうえでも「安心供与」が不可欠であるということ。中国にとって譲れない一線(レッドライン)は明確で、台湾の独立。そこに向けた運動に神経を尖らせている。だから「1つの中国」という立場を尊重することが「安心供与」となる。それは1972年の日中国交正常化のときに約束済みのこと。

巻き込まれないための1つの方法

「台湾有事は日本有事」となってしまうのは、日本自身の選択の結果。自衛隊を派兵したり、在日米軍基地の使用を認めたりすることが、日本への反撃を招くことにつながる。だから、事前協議で賛同するとは限らないということを、現時点から米国に伝えることが、巻き込まれないための1つの方法となりうる。

「台湾有事」のシミュレーションのほぼすべてで、在日米軍基地が使えないと厳しいという結果が示されている。在日米軍基地は当然に使えるものではないということを示すことが、アメリカに自制を促すことにもつながる。

4.すごい外交をしている国が近くにたくさんある!

ASEAN

ASEANは、2020年9月の外相会議で「ASEANは地域の平和と安全を脅かす争いにとらわれたくはない」と自制を促すメッセージを発信した。

シンガポール

シンガポールのリー・シェンロン首相は、2020年8月、「Foreign Affairs」誌に寄稿した論文で、「Don’t make us choose」と主張した。つまり、アメリカと中国のどちらかを選ばせるなということ。

アメリカの友好国であるはずの東南アジアの小国がこのような意思表明をしたことで、ワシントンには激震が走った。コロナ禍であったこともありワクチンを持った米副大統領が派遣され、中国もそれに対抗するようにワクチンを供与した。1円もお金をかけずに大きな政治的インパクトを与え、実利も得た。このリアリズム、したたかさを日本も見習ってほしい。

マレーシア、インドネシア

米英豪がAUKUSを創設した際、日本政府は「大歓迎」と表明したが、マレーシア首相は「他国による攻撃的な行動を挑発することになるのではないか」と懸念を表明し、インドネシア外務省も「軍拡競争と戦力展開を深く懸念」するとした。

米中対立とASEAN

なぜこのような対応をしているかと言えば、徹底したリアリズムが背景にある。中国への経済的依存度が高く、中国の投資のおかげで経済成長できたという認識。シンガポールの7割は中国系移民であるということなど。

5.日本のやるべき外交は?

地域で対立が深まれば日本が戦争に巻き込まれる可能性も高まる。だから、対立緩和こそが日本の利益。対中経済制裁ですら日本はもたない。日本も「Don’t make us choose」と主張すべき。

「民主主義VS権威主義」を唱道しても、緊張が高まるだけ。イスラエル・ガザの現状から、「西側の欺瞞」「二重基準」が露わになっている。正当性が失われれば、グローバル・サウスの国々がついていく意味もなくなっていく。

このような認識を前提に、以下の様な外交を展開していくべき。

  1. 「ミドルパワー」として、価値観対立を超えた対話・自制を求め、緊張緩和を
    「Don’t make us choose」と叫ぶ各国と連携して、価値観対立を超えた対話を促す。双方に自制を求めて、緊張緩和を目指す。
  2. 「安心供与」の促進を
    米・中・台と、「独立を容認せず、武力を行使しない」という共通認識を確認する。「1つの中国」を尊重する「安心供与」を促進する。
  3. 幅広のテーマでの重層的な「制度化された(Institutionalized)」日中関係の構築
    日中首脳会談を開くことは重要。ただ1回だけだと効果は限定的となる。制度化することで、安定的・継続的な関係が築かれていく。担当者がつけられて、人的な関係も広がっていく。
  4. マルチトラック外交(多層外交)の制度化を
    政府間外交だけでなく、議員外交、民間外交、市民社会、経済界、学界など、様々なレベルでの結びつきを強めていく。姉妹都市の関係、弁護士同士の交流、各業種ごとのつながりなど。それが戦争の「機会費用(opportunity cost)」を上げることにもつながる。
  5. 「民主主義・法の支配・人権」を押し付けるのではなく実感してもらう取り組み
    「民主主義・法の支配・人権」を武力で押し付けても広がらないのは、イラク、アフガンの経験からも明らか。Leading by example(モデルで示す)。留学に来てもらうことなどを通じて、良さ、大切さを実感してもらうことが大切。

第二部 米国活動報告から

新外交イニシアティブ(ND)では、国境を超えた情報の発信・政策提言、政府・議会・大学・シンクタンク・NGO・メディアなどへの直接の働きかけなどを行っている。

アメリカの国力の低下と中国の台頭が進行したことで、日本の位置づけは高まっている。15年前にはなかなかアポが取れなかった国務省の役人とも今なら会える。政府が伝えようとしない日本国内のリアルな声を届けないと、日本からアメリカに届くのは、麻生副首相の「戦う覚悟」発言のようなものだけになってしまう。中国が台湾を攻撃した場合に日本が関与することについて国民の75%は反対しているという世論調査結果などを伝えている。

アメリカも決して一枚岩ではない。バイデン政権は、ペロシ下院議長の訪台をきっかけに緊張が高まって以降、大臣クラスが次々に訪中するなど緊張緩和の姿勢を明確に示している。議会は超党派で対中強硬姿勢などと言われるが、「プログレッシブ議員連盟」の議員は、緊張関係を変えていかなければならないと主張している。タカ派の議員に引率されてインド太平洋軍司令部を訪問した際、軍の司令官から「議会は大丈夫か。強硬姿勢はやめてくれ。もっとトーンを落としてくれ。」と言われたことで多くの議員が確信を強めている。

終了後のサイン会

講演終了後は、著書のサイン会が行われ、長蛇の列が。ご用意いただいた著書はすべて完売。講演の素晴らしさを物語っていました。

憲法講演会第2弾は、『日本国憲法から考える安全保障』です。憲法の伝道師、伊藤真弁護士をお招きしてご講演いただきます。

講演のアーカイブ動画