『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」。
2020年9月2日付に掲載された第91回は、「新型コロナワクチンとの向き合い方」です。篤子弁護士が、いま開発が猛スピードで進められている新型コロナワクチンとどう向き合うべきかについて、分科会の議事録や過去の裁判例を引きながら語っています。
新型コロナワクチンとの向き合い方
1 基本的な姿勢は
今,新型コロナウイルスのワクチン開発が急ピッチで進められており,政府は,来年前半までの接種開始を目指して準備を進めていると報じられています。このワクチンについて,効果を期待して待ち遠しく思う方もいれば,安全性に不安を抱いている方もいるでしょう。
私たちは,どのようにこのワクチンと向き合っていくべきでしょうか。
前回のコラムで,製造物責任法について取り上げ,「新しい製品が開発され、その使い方が製造者から提示されたとき、私たち消費者がどのようなリアクションを取るかは非常に重要なことだ」と述べ,「製品の特性についてよく知ること、特に効用と、安全性の両方に目を向け、それらが分かちがたく結びついているのか、それとも効用を維持しつつより安全性を高めることができるのかといった点を見極めることが大切だ」と書きました。これはこのワクチンについても同じことが言えます。
2 国の検討状況を知る
今年8月21日に,政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会で,ワクチンについての議論が始まりました。内閣官房のHPに掲載されている会議資料には,このワクチンの有効性・安全性は現時点で不明な点が多いこと,mRNAワクチンやウイルスベクターワクチンなど,これまでに使用実績のない新しい技術を利用して開発されたワクチンも含まれるためそのリスクには十分留意する必要があること,多数の人々への接種開始後に初めて明らかとなる安全面の課題も想定されるため,副反応に関するデータ収集,安全情報等についての国民の適切な情報提供,ワクチンの品質管理体制の確保など,十分な安全対策を講じる必要があること,接種者に健康被害が生じた場合の救済措置について検討する必要があることなどが記載されています。
私たち国民としては,ワクチンの効果に関するニュースにばかり目を奪われず,国や製薬会社が副反応に関するデータなど十分な安全情報を提供しているか,ワクチン製造業者に対する国の管理監督体制が十分か,健康被害への救済措置に問題がないかどうかなどにも目を向け,その上で効用と安全性を秤にかけて接種するか否かを見極めるといった姿勢が大切でしょう。
3 過去の教訓から学ぶことも大切
予防接種による副作用や副反応被害は,法の世界では「予防接種禍」と呼ばれ,これまでに数々の裁判が行われてきました。予防接種は,統計的・医学的に一定(僅少)の割合で重篤な副反応が不可避的に発生することから,「悪魔の籤(くじ)を引く」と評されており,被害者をどのように救済するかが長年の課題となっているのです。
例えば,MMRワクチンについての裁判で,大阪高等裁判所は,「予防接種は未知の副反応が発生する可能性が排除できないなど一定の危険性を内包する行為でありながら,社会防衛の見地から国が主体となって実施するものであり,その利益は社会全体が受けるものである」ことを前提に,「予防接種が体内に病原体を注入するという,国民の生命身体に直接影響を及ぼすものであることも合わせ考慮すれば,国はこれに対して相当重い義務ないし責任を負う」としています。そして,「国は,予防接種の実施やワクチンの選定,ワクチンの製造基準などについて重大な決定,調査,監督権限を有する一方で,接種を受ける国民にはワクチンに関する十分な情報や専門知識がなく,実施主体である国を信頼して接種を受けるのが実態であること,ワクチンの製造業者は予防接種の実施主体である国を補助する関係にあることからすれば,国にはワクチン製造業者への監督責任がある」と述べ,国がワクチン製造業者に対する監督義務を果たさなかったとして損害賠償請求を認めました。
また,インフルエンザ予防接種の事件では,最高裁は「インフルエンザ予防接種は,接種対象者の健康状態,罹患している疾病,その他身体的条件又は体質的素因により,死亡,脳炎等重大な結果をもたらす異常な副反応を起こすこともあり得るから,これを実施する医師は,そのような危険を回避するため,慎重に予診を行い,かつ,当該接種対象者につき接種が必要か否かを慎重に判断し,禁忌者(接種を受けることが適当でない者)を的確に識別すべき義務がある。」「予防接種を実施する医師としては,問診するにあたって,接種対象者またはその保護者に対し,単に概括的,抽象的に接種対象者の接種直前における身体の健康状態についてその異常の有無を質問するだけでは足りず,禁忌者を識別するに足りるだけの質問を,具体的かつ被質問者に的確な応答を可能ならしめるような適切な質問をする義務がある。」と判断し,医師の問診義務違反を認めています。(以上,括弧書き内は一部筆者の要約を含む。)
ただ,司法による救済の仕組みも十分とはいえません。新型コロナワクチンの接種開始までに,立法による救済措置を拡充することが不可欠なのですが,この辺の詳しい話はまた後日にいたしましょう。
『上越よみうり』に連載中のコラム「田中弁護士のつれづれ語り」が電子書籍になりました。
販売価格は100円。こちらのリンク先(amazon)からお買い求めいただけます。スマートフォン、パソコン、タブレットがあれば、Kindleアプリ(無料)を使用して読むことができます。