『上越よみうり』に連載中のコラム、田中弁護士のつれづれ語り。
2019年6月26日付に掲載された第62回目は、「きっとファッションが味方になる」です。
篤子弁護士が#Kutoo運動について深く掘り下げています。社会(通念)を変えるというのはどういうことなのか、改めて考えさせられました。
きっとファッションが味方になる
#KuToo運動
女性従業員へのハイヒール着用強制に反対する「#KuToo」運動に対し、根本匠厚生労働大臣が「社会通念に照らして業務上必要かつ相当な範囲ということだと思います」と答えたことが、波紋を広げました。ハイヒールの着用強制に反対する動きは、すでに海外でも広がりをみせています。古くはコルセットからの解放など、「女性の解放」と「ファッション」は切っても切り離せない関係にあります。私たちは、また一つ新たな時代へと進む転換点に立っているのかもしれません。
ハイヒールとパワハラ
根本大臣の発言については、報道各社がこれを「強制容認発言」とみるか、その後の「パワハラになりうる」との発言にも着目するかで、報じ方が分かれました。しかし、衆院厚生労働委員会での実際の発言を聞くと、大臣の発言は、基本的に、今月29日に成立した改正労働施策総合推進法のパワハラの定義に則っていることが分かります。この定義では、①優越的な関係に基づく、②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により、③労働者の就業環境を害すること(身体的若しくは精神的な苦痛を与えること)がパワハラに該当します。大臣の答弁の趣旨は「『社会通念に照らして業務上必要かつ相当な範囲』を超えているかどうかがポイント」というものでした。したがって、会社や上司がその強い立場を利用して、仕事の上では大した必要もないのに常時ハイヒールを着用するよう義務付けたり、社員が足の痛みや変形(外反母趾など)の恐れを訴えているにも関わらず着用を指示したりした場合には、パワハラになる可能性があります。ここは会社経営者の方は気をつける必要があるでしょう。
質問者の尾辻かな子議員はさらに「ハイヒールが本当に必要な仕事などあるのか。もし社会慣習がそれを女性に求めるなら、むしろ厚生労働省はそこから女性労働者を保護する必要があるのではないか」と畳みかけました。これはその通りで、私も同法の「業務上の必要性」は、慣習やビジネスマナーだけを根拠にこれを認めるべきではないと思います。
靴が好きだからこそ
ところで、私自身は、「好きだから」「スタイルが良く見えるから」「気が引き締まるから」という理由で主に仕事中はハイヒールの靴を愛用しています。しかし、長年ハイヒールを履き続けた足は変形し(外反母趾となり)、きちんと地面に接着することができなくなっています。子どもの頃はあんなに早く走れたのに、今はうまく足先を使うことができません。多くの女性と同様に、「なるべく足に負担がかからない靴を探す」、「デスクワークの際は楽な靴に履き替える」、「休日はスニーカーを履く」などして対応してきましたが、ハイヒール文化そのものを変えようという発想にはこれまで至りませんでした。何十年か後の人々にはきっと、私たちのような女性は、纏足時代の中国の女性たちのように映るのでしょうか。いつの時代も、美しく装いたいという女性の気持ちは、ときに愚かに自分自身を傷つけるのだと、もう二度と元には戻らない私自身の足先を見てつくづく思います。
そんな中、先日、東京を訪れた際、オフィスビル街の一角にある流行の先端をいくファッション店に入りました。ディスプレイされている靴は、心なしか数年前よりヒールの低い靴が目立ち、そのどれもがオフィスで履ける、うっとりするほど素敵なものばかりでした。それを見て、もしこの国のハイヒール文化に変化が生じるとしたら、それは国会や職場からではなく、きっとこの場所からだろうと感じました。「女性は職場でハイヒールを履くべきだ」という社会通念があるとしたら、そんなものはきっと、この美しい靴たちを前に自然消滅していくだろうと。