5月25日(木)、新潟県弁護士会の主催で、辻村みよ子さんの講演会が開催されました。
歴史的な視点、国際的な視点から見て、いまの日本の状態がいかに遅れているか、際立って特異な状況であるのかということを、より深いレベルで再認識することができました。国内だけを見ていると、強烈なジェンダー・バックラッシュがそこここで見られるなど、現状を維持しようとする力の大きさを感じて暗澹たる気持ちになることもありますが、このように特異な状況が続くはずがない、絶対に変えていけるはずだとの確信めいた思いを抱きました。
講演の概要を以下に記載します。なお、講演のアーカイブ動画はこちら(パスコードは ^peX4&wL)でご覧いただけます。また、講演で使用された資料(PDF)は、こちらからダウンロードできます。複写や転載など、他目的使用はご遠慮ください。
はじめに
今日の講演のテーマは、最近出した書籍(『ジェンダー平等を実現する法と政治-フランスのパリテ法から学ぶ日本の課題』)のテーマと重なっている。この書籍は、4回分の連続公演を1冊にまとめたもの。
1つ目の主題である「個人の尊重と家族の変容」は、夫婦別姓や同性婚に関するもので、各地の弁護士会等でも講演している。もう1つの主題である「パリテ法から学ぶ」というのは、政治の問題が根本にあるということ。通常なら2回の講演でお話することを、今日は初めて1回の講演で行う。
1 フランスにおけるジェンダー平等政策の展開
(1)フランス革命期の人権-近代的人権の限界
フランス革命によって、中間団体が排除され、国家と個人とが直接向かい合うこととなったと評価されている。しかし、家族はなお中間団体として存続。
また、個人の自由と平等が確立されたと評価されている。
しかし、家族の外に対する自由・平等であり、家族の内では家父長制が存続。
そして、普遍的な人権概念が確立されたと評価されている。
しかし、白人、ブルジョア、男性の権利に過ぎない。
オランプ・ドゥ・グージュの『女性と女性市民の権利宣言』が注目される。
オランプ・ドゥ・グージュは、「共和制以外の政体を主張した」として、反革命派として処刑されたが、近時は評価が高まっている。
『男女の社会契約の形式』の中で示されている家族論は、婚外子等も視野にいれている点で、現代にも通じる内容と言える。近代のリベラル・フェミニストというよりは、ラディカル・フェミニストに近いのではないか。
フランス革命期以降、王政復古などの反動もあったため、家族のあり方としては、妻の無能力、貞操権、離婚の禁止などの逆行があった。これが改められるのに、1946年憲法まで待たなければならなかった。
(2)1970年代以降の家族法改革-第2波フェミニズムの影響
1970年代以降、第2波フェミニズムの影響もあり、毎年のように法改正がなされ、あらゆる面で同時並行的に改革が進められた。
- 1970 親権に関する法律(父権の廃止、父母の親権行使承認)
- 1972 親子関係に関する法律(嫡出子と自然子の区別の廃止)
- 1975 人工妊娠中絶法(ヴェイユ法)
- 1975 離婚に関する法律(相互同意離婚、破綻離婚、有責離婚)
- 1985 夫婦財産制に関する法律(夫婦平等の権利行使)
- 1987 親権行使に関する法律(父母親権行使の事実婚への拡大)
- 1993 共同親権等に関する法律(共同親権の一般原則化等)
- 1994 生命倫理三法 ←1993憲法院判決「正常な家族生活の権利」
- 1999 パクスと同棲に関する法律
- 2001 相続法の現代化に関する法律(姦生子の差別廃止)
- 2002 親権に関する法律(父母の権利・義務明確化、交互居住等)
- 2004 離婚に関する法律(手続きの簡素化、合意の重視)
(3)1999年 パクス(PACS)法の成立
Pacte civil de solidarité(民事連帯契約)。
同性カップルの契約容認。
租税、社会保障、滞在許可等で婚姻に準じる扱い。
但し、相続、年金受給権はない。
実は異性カップルが多い。事実婚の保障に眼目がある。
日本のパートナーシップ制度とはそこが違う。
(4)生殖補助医療と子を持つ権利
同性の親による親権、育児権(ホモパランタリテ Homo-parentalité)
(5)2013年 同性婚法
政治の力で実現したというのが大きな特徴。
オランド大統領の選挙公約。養子も認める。
(6)2021年 生命倫理法改正
生殖補助医療の拡大。未婚の女性も第三者の精子で子を持つことができる。
(7)2022年 氏の選択法
18歳になったら届出を出すだけで、氏を変更できる制度。
フランスのカップルには、法律婚、パクス、事実婚という3つの選択肢がある
比率は、異性婚52%、同性婚1%、異性間パクス47%、同性間パクス2%。
フランスにおける氏の選択
原 則:結婚しても氏は変わらず維持される(フランスは個人戸籍。個人が主体)。
婚姻時:夫の氏、妻の氏、結合氏のいずれかに変えてもよい。
第1子出産時:子の氏(家族の氏)を決定。父の氏、母の氏、結合氏のいずれでもよい。
氏は自分で選択するもの、人格権。あくまで個人のもの。
選択的夫婦別姓すら実現していない日本とは雲泥の差。
2 フランスにおけるパリテ政策の展開
フランスにおけるジェンダー平等政策の進展を後押ししたのがパリテ政策。
(1)70年代~80年代の取り組み-第2波フェミニズムの展開
ジゼル・アリミ(社会党議員、弁護士)の提案により、
1982年 地方議会議員25%クオータ制導入
(2)クオータ制違憲判決と憲法改正
1982年 憲法院で違憲判決。
理由は、市民資格の普遍性(主権者に性別はない)、主権の不可分性。
→クオータではなくパリテ(男女同数)を目指す。そのための憲法改正を求める運動。
1999年 フランス憲法3条、4条を改正。
「公職への男女平等なアクセスの促進」という条文。
後に、「男たちは居眠りをしていた」と評される。
(3)パリテ法の仕組み
2000年 公職における男女平等参画促進法(通称パリテ[男女同数]法)
普遍主義 universalisme vs 差異主義 différencialisme
抽象的国民主権 vs 具体的国民主権(男性・女性市民からなる人民の主権)
本質論的差異主義 vs 文化的差異主義
(女性の特性論に依拠) (文化的・社会的性差を重視)
公法学会での議論:矯正的差異主義
「抽象的普遍主義から具体的普遍主義へ」(ドミニク・ルソ-)
「男性中心の普遍主義から、性の視点を取り入れた普遍主義へ」
(4)フランスの選挙制度とパリテ政策
国と地方で8つの選挙制度があり、パリテ政策にもいくつかの方式がある。
・比例代表制で名簿順位を女男交互にする方式
・男女議員の比率の差に基づいて政党助成金を減額する方式
・男女ペア投票制(1人区を2人区にして男女ペアでの立候補を義務付け→絶対に同数になる)
3 日本における家族とジェンダー平等の展開
(1)明治憲法下の家族法制
1970年代 自由民権運動により、町議会で一時的に女性参政権が実現するも、廃止。
1889年 大日本帝国憲法には家族の規定なし
1890年 ボアソナード民法案はナポレオン法典の影響大
1898年 明治民法 「家制度」確立、妻の無能力、同居義務、貞操義務
1946年 日本国憲法制定公布
1947年 民法(親族・相続法)改正公布 「家制度」廃止、家督相続廃止
(2)憲法制定過程
ベアテ・シロタ 民政局の通訳(7か国語)。
国会図書館や東大図書館を回って書籍調査 各国の憲法典を集めて、十数条の条文案(婚外子差別禁止 長男の権利廃止 児童の医療無償など)を作った。しかし、他国に社会制度を押し付けてはいけないとして削除される。
家族には、「国家による国民統合の機能」があると同時に、「国家権力からの介入の防波堤」でもあるということで、家族のあり方を重視していた。帝国議会における議論で右派は、「家族は天皇のおひざ元に大道が続いている」との言葉に象徴されるように、日本は天皇をトップにいただく国家であり、その中に家族がある。そして家族のトップは家父長だという考え方を主張。これに対し左派は、ワイマール憲法型の家族保護論を主張。その両方をはねのける形で「家族の個人化」が実現した。憲法24条2項(個人の尊厳と両性の本質的平等)。憲法13条(個人の尊重)と憲法14条(法の下の平等)の要素を、1つの条文に取り入れた規定は、日本国憲法以外、世界に1つもない。
(3)現状:結婚・家族の現状-多様化 「もはや昭和ではない」
『男女共同参画白書(令和4年版)』
「ひとり親世帯、単独世帯の増加等、家族の姿が変化しているにもかかわらず、男女間の賃金格差や働き方の慣行、人々の意識、様々な政策や制度等が、依然として戦後の高度成長期、昭和時代のままとなっている。」
- 未婚の割合 生涯未婚率(50歳) 男性28% 女性18%
- 世帯構成 単独がトップ、次が夫婦と子ども、3番目が夫婦のみ
2040年には人口の4割が一人世帯になる →家族とは??? - 合計特殊出生率の推移
- М字カーブ(女性就業率)とL字カーブ(女性の正規雇用比率)
- 共働き世帯の増加
- 性別役割分担意識の変化 「永久凍土」 国際会議で笑われてしまう 韓国と日本だけ
4 日本の現状、ジェンダーギャップ指数
ジェンダーギャップ指数116位
なかでも「政治参画」は、100点中6点
(国会議員の男女比、閣僚の男女比、行政府の長の在任年数の男女比)
女性国会議員比率166位(190か国中)
国際会議で同情される「どうして日本だけ」「どうしたの?」
特に、地方議会の状況が壊滅的。
地方に行くほど不平等が大きい。性別役割分業意識が強い。
5 日本の課題-個人の尊重とパリテのために
日本でジェンダー平等を実現するためにどうしたらよいかと聞かれるが、政治、経済、慣習、家族、すべてやらないといけない。容易ではないが、できることからやっていくしかない。
全部よくないが、一番悪いのは政治。フランスのように選挙で争点化すべき。
(1)民法750条 選択的夫婦別姓
ア なぜ実現しないのか
別姓でないと何が困るか、通称ではなぜいけないか。別姓訴訟の原告であるサイボウズ社長の青野さんは、海外出張の際、パスポートの名前が一致せず手続きに時間がかかる、株券の名義でも同様の問題がある、と言っている。
なぜ実現しないのか、『選択的夫婦別姓は、なぜ実現しないのか?-日本のジェンダー平等と政治』のはしがき。旧統一教会が一部の保守派議員に対する影響力を持っている。だからヤシの実運動(落選運動)に取り組んでいる。
イ 法律的な問題点
・第1次訴訟 2015年最高裁判決 10対5の合憲判決
13条(氏の変更を強制されない権利) →人格的利益ではあるが人権ではない
14条1項(間接差別論) →形式的平等に違反しない
24条 →立法府の裁量
・第2次訴訟 2021年最高裁判決
多数意見は、「事情変更」にあたらない(多数意見1頁、補足意見5頁)
残る43頁が違憲論(三浦、宮崎・宇賀、草野)。とりわけ、24条1項違反は明確。
・第3次訴訟に向けての課題
弁護団は14条論を中心に据えている。憲法学からの理論的貢献が必要。私は、特に24条が重要だと思う。事情変更を言わないといけない。男性憲法学者による最高裁判決批判がなされていることは、憲法学会における変化。
意識変化
共同通信の今年5月の世論調査 夫婦別姓賛成77%
当事者世代にあたる20代・30代は9割が賛成
なお、法律的な問題については、別姓訴訟の意見書も含めて、『家族と憲法-国家・社会・個人と法(辻村みよ子著作集第5巻)』でまとめている。
(2)同性婚訴訟-現代家族をめぐる新たな課題 LGBTの権利
mariage pour tous(マリアージュ・プゥ・トゥス みんなの結婚)
身体的性、性自認、性的指向の多様性。電通の2015年調査で、LGBTは7・6%。
ア 同性婚を認める世界的潮流
32の国と地域が同性婚を容認(2022年10月時点)
イ 日本の同性婚訴訟
・2021年3月17日札幌地裁:違憲(憲法14条1項)
・2022年6月20日大阪地裁:合憲
・2022年11月30日東京地裁:違憲状態(憲法24条2項)
今年6月に5つの地裁判決(札幌、大阪、東京、名古屋、福岡)が出そろう。ジェンダー法研究所のシンポジウム(7月9日13時30分~)では、国際比較も含めて判決の比較・分析を行う予定。
おわりに
私の研究は、ジャコバン憲法における人民主権論からはじまった。フランスでは、憲法改正、パリテ法の制定を経て、ジェンダー平等政策が進展した。人民主権を実現するためには、選挙民や議員に偏りがあってはいけない、多様性がなければいけないということになる。その意味でジェンダー平等の問題は、民主主義や人民主権とつながっている。民主主義や人民主権の基礎が、ジェンダー平等を支えている。
憲法の講演をすると、テーマによって参加者の性別がはっきり分かれる。9条関連は男性ばかりで、ジェンダー問題は女性ばかり。それはおかしい。別々にしてしまうのはよくない。民主的にジェンダー平等を実現することが大切。9条についても同様。主権者の投票行動で9条を実現していく。その意味で、法と政治が大事。
同性婚訴訟における国側の主張。国は、婚姻制度の目的について、「子どもを産み育てながら共同生活を送るという関係に対して法的保護を与えることにある」と言っている。ここが間違っているのではないか。家族は何のためにあるのか。お国のためにある訳ではない。「産めよ増やせよ」の時代ではない。
今進められている少子化対策も注意深く見なければならない。そこでは婚姻家族ではない人が対象になっていない。少子化対策を本気でするのであれば、生殖補助医療を広げることは不可欠。ヨーロッパ全体では婚外子比率が50%超えているが、日本は数パーセントにすぎない。婚姻制度を見直す。婚姻の自由は何のためにあるか。従来の憲法学会では、家族について、「公序」と説明されていたが、90年代以降は、「個人の幸福追求の場を提供するもの」という説明に変わっている。
日本には憲法24条がある。それなのになぜ選択的夫婦別姓さえ実現しないのか。憲法制定にあたって、制度よりも個人を重視する規定を採用したのに、制度を重視する考えが根強く、個人中心の考えに変わりきっていないのではないか。フランス憲法には家族に関する直接の規定がないけれども、政治的努力で実現した。日本とフランスの違いはそこにある。