つれづれ語り(将棋とAIと新型コロナと、民主主義)


『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」。

2020年7月22日付に掲載された第88回は、「将棋とAIと新型コロナと、民主主義」です。藤井新棋聖誕生のニュースを見て考えたことをつらつらと書きました。

将棋とAIと新型コロナと、民主主義

快挙

将棋のプロ棋士、藤井聡太七段が、史上最年少の17歳11か月で「棋聖」のタイトルを獲得した。藤井新棋聖は、14歳2か月でプロ棋士となり(これも最年少記録)、デビューから29連勝して最多連勝記録を更新。その後も3年連続勝率8割以上の新記録を樹立したり、全棋士参加の棋戦を連覇したりするなど、華々しい活躍を続けてきた。現在、「王位」戦でも挑戦者として七番勝負を戦っており、さらなるタイトルの獲得も期待されている。

AIを超える手

現在の将棋界は、AI(将棋ソフト)の存在を抜きに語ることはできない。いまや若手棋士はもちろんのこと、中堅やベテランの中にもAIを研究に取り入れる棋士が増えている。その結果、従来の「定跡」が見直され、戦型の流行などにも大きな影響を与えている。

そんななか、藤井新棋聖は、「AIすら読んでいない手」を指したことでも話題となった。その1つが先の棋聖戦第2局で指した「3一銀」である。終盤の入り口で、攻め駒とされる銀を自陣を守るために使ったこの一手は、将棋ソフトに4億手分検討させても候補手に上がってこず、さらに時間をかけて6億手分検討させたところ突如「最善手」として示されたという。

また、2018年の竜王戦ランキング戦5組決勝で指した「7七同飛車成」も有名だ。解説を担当していたプロ棋士が思わず「強すぎる」と漏らしたこの手は、数手前の局面を将棋ソフトに解析させても、まったく読み筋に入ってこなかった。対局後のインタビューでそのことについて問われた藤井新棋聖は、「現状、最近のソフトは大変強いことは言うまでもないことですけれども、部分的には人間の方が深く読める局面もあると個人的には考えていたので、それが現れたのかなと思います」と答えている。

AIを絶対化してそこから学びとろうとする姿勢ではなく、あくまでも自分が学ぶうえでAIを利用する姿勢を貫いていることが、「AIを超える手」を指すことを可能にしているのかも知れない。

民主主義の「危機・限界」

話題は大きく変わって、ここからは民主主義に関するお話。最近、民主主義の「危機」や「限界」を指摘する論調を目にする機会が増えているように感じる。その1つに、社会の複雑化・高度化に伴い専門外の人々にとって理解が及ばない領域が広がっているなかで、十分な判断能力を持たない事柄についてまで民意に委ねることが適当なのかというものがある。

一見するとこれは至極もっともな指摘のようにも思える。新型コロナウイルス感染症への対応で、民主主義国家よりも権威主義的な国家の方が成果を上げているように見えたことも、こうした論調を後押ししている。

「専門家任せ」の危うさ

しかし一方で、私たちは、「専門家任せ」にしてしまうことがいかに危ういかということを、福島第一原発事故で身に染みて知っている。民意の監視やコントロールが及ばなくなると、専門的判断にも緩みや歪みが生じてしまいがちだ。

また、政策を円滑に実行するうえでは国民の理解や支持が不可欠だ。多くの人々に関わる物事を決める以上は、やはり民主的な手続きによるべきだろう。

パーソナルAIが拓く可能性

では、専門的判断に基づく政策について民意の支持が得られていない場合に、どのようにしてそのギャップを埋めるべきだろうか。

専門家や政治家が言葉を尽くして説明することは当然必要だ。しかし、現実問題として、いかに丁寧に説明されたとしても、高度に専門的な事項を専門外の国民が理解するのは困難であろう。

この点に関わって、慶応大学法学部の大屋雄祐教授が提唱する「パーソナルAIエージェント」が注目される。主権者がそれぞれにパーソナルAIを活用することによって、専門的事項についても、より適切な意思決定をすることが可能になるのではないかという提案だ。

パーソナルAIに生じうるバイアスをいかにして排除するか、結局「パーソナルAI」の判断に依存してしまうこととならないかといった課題や懸念もある。

しかし、多くのプロ棋士が研究にAIを取り入れて棋力をアップさせたように、私たち一人一人がパーソナルAIを活用することで専門的な事項についての理解を深めることができるようになれば、より広い視野から多角的な検討を加えることが可能になって、専門家には気づかなかった改良点を見い出すことができるかもしれない。それは「専門家任せ」ともポピュリズムとも異なる、より高次の社会と言えるのではないか。将棋界の新しいスターが成し遂げた快挙の報に触れて、そんなことを考えた。


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