つれづれ語り(たくさんあると、足りなくなる)


『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」。

2020年5月13日付に掲載された第84回は、「たくさんあると、足りなくなる」です。
篤子弁護士が、緊急事態条項を創設する憲法改正が必要なのかという点について、オリジナルの視点から書いています。これを読んで、絶体絶命の大ピンチ!という場面でドラえもんが適切な道具を出せないという、ドラえもん映画ではお約束となっているシーンを思い出しました。

たくさんあると,足りなくなる

1 「断捨離」ブーム

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響により自宅で過ごす時間が増え,身の回りの物を整理する「断捨離」に取り組んだ方も多いのではないでしょうか。各地で粗大ゴミや古着の回収量が増えていると聞きます。「断捨離」提唱者のやましたひでこさんは,「断捨離」は「引き算」による問題解決方法だと言います。物事には,「不足」が原因で起こる問題と,「過剰」が原因で起こる問題と2つあるが、現代人は「過剰」による問題を「不足」による問題と思い込み,「足し算」を重ねることで,悪循環に陥っている,と。

2 「引き算」で見えてくるもの

たしかに,「断捨離」を敢行すると,物を減らせば減らすほど,「足りない」という気持ちが薄れていくのを実感します。今あるものを一度徹底的に棚卸しし,どれが必要で何が不足しているのか,用途が重なっているものはどちらかに統一できないか,使い勝手が悪いものはなぜ使い勝手が悪いのか,なぜそのようなものを買ってしまったのか。そうやって吟味検討しながら整理された家だと,必要なときに必要な物をサッと取り出して使うことができるため少ない物でも十分に事足りるのです。一度「断捨離」を行うと,「なんだか足りないような気がするからとりあえず買っておこう」という発想はもうやめようとしみじみ感じます。

3 緊急事態条項が必要?

さて、新型コロナウイルスの感染拡大が広がるなか、政府・自民党は緊急事態条項を創設する憲法改正論議を推進すべきだと主張しています。現在の新型インフルエンザ特措法による緊急事態宣言と異なり、憲法の効力を一時停止して行政権に強力な権限を集中させるものです。コロナへの恐怖や政府の対応に不安を抱く国民には、有効な打開策になると映るのでしょうか。4月の「産経」・FNNの世論調査では、緊急事態条項創設の憲法改正に「賛成」が65.8%を占めました。しかし、現状の危機や混乱は、果たして法律や憲法の不備が原因なのでしょうか。新型インフルエンザ特措法、感染症法、検疫法、災害対策基本法、入国管理法など、感染症対策に関わる法律はすでに多数存在しています。その中には、入国拒否や患者の隔離、入院強制など、行政権に強い権限を認める規定もすでにあるのです。しかし、それらの権限が適切に行使されているとはいいがたいのが現状です。

4 十分な備えとは

漠然とした「足りない」という不安から手持ちの在庫を確認もせずに物を買っていけば、収納は物で溢れかえり、自分で把握・管理できなくなっていきます。その結果、いざ必要なときにどこに何があるのかが分からず、結局きちんと活用することができないということが起こりがちです。一方、よく整理された家は、必要なときに必要なものがすぐに出てくる。不足している物もすぐにわかり、買い足すときも無駄がない。

国家における「緊急事態への十分な備え」とは、法制度や政府・自治体の危機機管理体勢を、このようなよく整理された家の中と同じような状態に保つことを言うのではないかと私は思います。やみくもに新しい法律や制度を増やしていくのは、パンパンのクローゼットの前で「着ていく服がない」と嘆き次々に服を買い足すのと似た愚かしさを感じます。「多ければよい」という時代は終わったのです。法制度を検討する際にも、まずは今ある法律を徹底的に「棚卸し」して,用途が重なっているものや使い勝手が悪いものはないか,それらは法改正によって対応できないか、そうした「引き算」の発想で吟味検討し、今本当に必要なものは何なのかを明確にした後に初めて、新たな法制度を創設すべきかどうかを判断するべきではないでしょうか。

 


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