つれづれ語り(「子どものため」の子育て支援政策を)


『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」。

2019年8月21日付に掲載された第66回は、「子どものための子育て支援政策を」です。
篤子弁護士が保育・教育のあり方について語っています。
公立保育園の無償化分をすべて自治体の負担にする(初年度を除く)という国の制度の問題点が、上越市では優良園をも民営化するという形となって現れています。国にも自治体にも、将来を見据えた子育て支援政策のあり方を改めて考えてもらいたいと思います。

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「子どものため」の子育て支援政策を

1 民営化のお知らせ

共働きとはいえ、子どもが3人いると教育費の心配は尽きません。この10月から保育料が無償化されることは、我が家の家計にとっては、正直とてもありがたい話だなと思っていた昨今。娘の通う公立保育園から「民営化のお知らせ」のプリントが配られキョトンとしました。市内でも最大規模のこの保育園で、なぜ、今、民営化なの? そんなに上越市の財政は厳しいの? 無償化と何か関係あるの?

2 無償化と民営化の関係

市からの説明等を聞き、無償化法がこの民営化の大きな理由となっていることが分かりました。5月に成立したこの法律(改正子ども・子育て支援法)では、無償化の財源を、私立の保育園等では国が2分の1を、都道府県と市町村が4分の1ずつを負担するのに対し、公立園では100%自治体の負担とされているのです。公立園に対する国からの補助金は、すでに平成16年に国庫負担金が廃止・一般財源化されていますが、この無償化法によって、公立園が多い自治体の負担はますます増えることになるのです。

市の説明では、無償化前でも、100人規模の公立保育園を民営化すれば市の負担額は年間6080万円ほど削減できるとそのメリットが強調されていますが、無償化後は、このような理由による公立園の民営化が加速することは必至のように思います。

3 民営化ってどうなの?

民営化がただちに問題だというつもりはありません。2015年4月にスタートした子ども・子育て支援新制度以降、保育園の種類・経営主体の多様化は進んでおり、現在では、上越市でも約30%の認可保育園が民営(私立)です。その多くの園で、公立保育園と同等かそれ以上の保育が提供されています。民営化された後も、国の保育指針や設置基準等に則った運営が定められているため、直ちに保育の内容や質が低下するというおそれは低いでしょう。また、施設の供給量を増やして待機児童問題を解消したり、バラエティに富んだ教育・保育施設を提供して親の選択肢を増やすことで、親、とくに女性の働きやすい環境を整えたりする上では、民営化というのは有望で合理的な選択肢の一つであることは疑いようがありません。

もちろん、民営化にあたっては、本当に質の確保が長期にわたって保障されるのか、事業者の経営の安定はどのように確保されるのか、それらに対する市の責任は実効性を伴う形で果たされるのかなど、すでに色々と指摘されている問題点への対策は欠かせません。

しかし、今回の上越市の民営化については、このような一般的な民営化問題の議論とは次元の違うところで違和感を抱いています。

4 何のための民営化なのか

05年に国連子どもの権利委員会で採択された「乳幼児期における子どもの権利の実施」に関する一般的意見7号では、乳幼児が教育を受ける権利は出生時に始まるものとし、「子どもの人格、才能ならびに精神的および身体的能力を最大限可能なまでに発達させること」を保障するとともに、「子ども中心の、子どもにやさしい、かつ子どもの権利および固有の尊厳を反映した方法によって達成されなければならない」としています。保育政策の見直しというのは、このような観点を出発点にしたものでなくてはなりません。

また、子どもたちの教育や保育は、国や地域の未来を担う人々への投資という面もあります。子どもたちが、自らの能力を最大限発揮し、独立し、自立した個人として成長できるようにすることは、貧困の解消や格差の是正につながり、社会保障費の抑制や経済成長にもつながります。子どもたちの教育や保育には経済的に大きな波及効果があることはすでに実証されており、諸外国では各種の研究に基づいて、いかに幼児教育や保育政策の内容や質を充実させるかの議論が進められてきました。

これに対し日本では、保育園問題は少子化対策(出産促進と労働力不足への対応)という狭い観点でのみ議論されています。また施策としても、規制緩和や民営化という安直な手段に流れるのみ。財政難という背景があるのは分かりますが、諸外国のように、子どもの視点や大きな視点に基づく議論はできないものでしょうか。

こうした議論の問題点が、今回の上越市からの「民営化のお知らせ」に凝縮されているように感じます。何のために民営化するのか、明確な目的やビジョンが設定されないままに、「公立のままだと補助金を出さない」という国の政策に押されるような形で、園児数の多い優良園を民間事業者に譲り渡す。本来なら民営化する必要がないはずの、地域に根差した優良園まで民営化に追い込むこの政策は、一体、誰のため、何のための政策なのでしょうか。