つれづれ語り(「産みたい」気持ちを支える社会へ)


『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」。

2019年3月6日付に掲載された第54回は、『「産みたい」気持ちを支える社会へ』です。少子化対策を考えた場合、産む人の選択を尊重し、社会全体でそれをサポートしていくことが基本に据えられるべきだと思います。

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「産みたい」気持ちを支える社会へ

未来の社会はどうなる? 

2050年の社会はどうなっているのか。少子高齢化、AI、バイオテクノロジーの発展などにより、社会はこれから予測不能な大きな変化を遂げていくだろうと言われています。母親としては、とくに雇用環境や家族のあり方の変化、地域社会の未来などは、子どもの将来に直結することなので、とても気になります。

ヒントを求めて

そんな中、最近、内田樹編『人口減少社会の未来学』(文藝春秋、2018年)を読みました。同書によると、日本の21世紀末の総人口は6000万人と推計され、今後80年間で人口が7000万人近くも減るとのこと。将来社会がどのように変化し、それにどう対処していくべきかについて国民的な議論を呼び起こしたいとして、多士済々な11人の著者たちに声をかけ独自の視点で予測と提言を書いてもらったとのことです。

気になった論考

この中で私は平川克美氏の「人口減少がもたらすモラル大転換の時代」(同書129頁)に刺激を受けました。平川氏は、日本でなぜ人口減少が起こっているのか、その対策として何をするべきかについて、次のように述べています。

「女性が子どもを産まなくなったのが少子化の原因」というのは誤解で、既婚女性の出産率は下がるどころかむしろ上がっている。年齢別でみれば30代、40代女性の出産数は増加ないし横ばいで、著しく減少しているのは20代の女性たち。そして、2015年の女性の平均初婚年齢は29.4歳。つまり、本来いちばん子どもを産みやすい20代の女性たちの未婚率が上がったこと、すなわち晩婚化が少子化の主要因なのである。では、なぜ晩婚化しているのか。その理由は複雑だが核家族化と市場化が進み家族というしがらみから解放され割に合わない主婦業は避けようという価値観が定着したためではないか。

これを踏まえると、少子化の解決策は「結婚していなくても子どもを産める環境」を作り出すこと以外にはないだろう。すでにフランスやスウェーデンでは婚外子率が5割を超えている。これらの国では婚外子の人権確保や生活権の保障に軸を置いている。その結果晩婚化はそのままに人口減少には歯止めがかかったのである。日本で人口減少に歯止めをかけるには、婚姻の奨励や子育て支援だけではなく、婚外子をタブー視するようなモラルの変更こそが鍵になるのではないか。それは困難なことだが、少子化という現象そのものがこのモラル変更の原動力になるだろう。

思ったこと

「結婚したいとは思わないが、子どもは欲しい」、「交際相手の子どもを妊娠したが、相手が頼りなくて結婚は考えられない」という声を聞くことは珍しくありません。平川氏の言うように、「少子化問題を解決することが社会にとって最優先課題だ」という認識が強まれば、このような声に応えるべきだという流れが生まれ、結婚を出産の前提条件とするようなモラルや社会制度は変わっていく可能性があると思います。フランスやスウェーデンのような事実婚カップルへの保護だけでなく、(法律婚、事実婚に関わらず)未婚のまま実家で出産・育児する女性や、恋人も結婚も望まないが子どもは産みたいと望む女性などへの支援策ももっと手厚くなっていくかもしれません。

このようなことは伝統的な家族観を大切にする方には違和感や抵抗感があるかもしれません。しかし、平成29年度の20代女性の中絶数は7万2492件にものぼり、現在の日本社会が女性にとって子どもを産みにくい環境であることは間違いありません。20代女性と一口に言っても、生活環境や考え方もさまざまです。「伝統的な家族」も含め、女性が自らにとって子どもを産みやすい家族のあり方を選べるようにする、選択肢をできるだけ増やしその選択を支援する、ということでしかこの問題を効果的に解決に導くことはできないのではないでしょうか。「大切なのは形ではなく、子どもが生まれることそれ自体が素晴らしいことなのだ」と誰もが思える社会を目指すこと、それが少子化時代の新しいモラルに相応しいのではないかと私は思います。