つれづれ語り(令状当番)


『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」。

2019年1月9日付に掲載された第50回は、「感謝の年越し」です。
ゴーン前会長の身柄拘束が国内でも海外でも注目を集めています。篤子弁護士が、そのニュースを見て思い出した裁判官時代の令状当番について書きました。ちなみに、私は今年の元旦が被疑者国選の担当でしたが、幸い事件がなかったのでお正月を平穏に過ごすことができました。

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感謝の年越し

あけましておめでとうございます。本年もつれづれ語りをよろしくお願いいたします。

さて、皆さま、年末年始はいかがお過ごしでしたか。私はおかげさまで美味しい物をたくさん食べながら家族とゆっくり過ごすことができました。そんな幸せに感謝しながら、休み明けのまだ少しボーッとした頭でこの原稿に向かっています。さて、何を書こうかな。

1 ゴーン前会長の逮捕を見て

昨年末は、日産自動車のゴーン前会長逮捕というニュースに衝撃を受けた方も多かったと思います。日本の「人質司法」と言われる問題や導入されたばかりの「司法取引」にも注目が集まり、その辺りのことももちろん気になったのですが、あのニュースをみたときに私の頭にパッと浮かんだのは、「令状当番」の思い出でした。

2 令状当番とは

ご存じのとおり、日本は令状主義を採用しており(憲法33条、35条)、逮捕勾留や捜索差押などの強制捜査には裁判官の発付する令状が必要です。警察官や検察官から令状発付の請求があると、東京などの大規模庁では令状専門部が審査を担当しますが、中小規模庁では、普段は民事、刑事、家事事件などを担当している裁判官も持ち回りで「令状当番」を担当するのです。

映画やドラマなどのイメージから、裁判官は警察や検察のいいなりで適当に令状を出しているようなイメージを抱いている方もいるかもしれませんが、実際の令状審査にはなかなかの神経と労力が必要とされます。なにせ、人の一生を狂わせるかもしれない逮捕や勾留等の判断ですから、間違いは許されません。大きな判断ミスは新聞沙汰にもなりますし、「令状審査でミスは絶対に許されない」と新人研修ではさんざん脅されます。少し大きな事件ともなると事件記録は段ボール何箱分にも上りますが、その記録の山に1人で立ち向かい、数時間で目を通して法律上の要件を充たしているか、請求内容に誤りはないかを確認し、補正や追加の証拠提出を求めたり、それに応じない場合は請求の取下げを促したり、却下したりということをしなければならないのです。そういうとき、いつも書記官は少し息を弾ませながら記録の入った段ボールを抱えてデスクに駆け寄り、「あとカート2台分あります!」となぜかちょっと嬉しそうに告げてきました。大きな事件を前にテンションが上がっていたのでしょうか。

3 あの頃は

そんな令状当番が年末年始に入っていると、実家に帰ることも、お正月だからとお酒を飲むこともできずに、官舎で待機しなければなりませんでした。真冬の深夜に書記官からの「逮捕状の請求がありました。」との電話で飛び起きて、慌てて着替えて自転車を飛ばして裁判所に駆けつけたことや、長男を夜間に授乳中、「鑑定処分許可状の請求があったので今から自宅にお持ちします」との連絡がきて、授乳を中断されて大泣きする息子の傍らで令状審査をしたことなど、今では懐かしく思い出します。年末年始は,暴走族の年越し暴走や酔っぱらいの暴力沙汰などで案外逮捕者が出やすいので,油断ならないのです。

そんなわけで、年末年始に家族とゆっくり過ごせるというのは本当に有り難いことだな、それもこれも家族や支えてくださるみなさまのおかげだな、そして「やっぱり裁判官を辞めてよかったかも・・・」とあらためて思わせくれた日産の事件でした。