前編に続く、後編です。
第3 国際法秩序に依拠した平和構築の道
攻められないようにするためのもう1つのアプローチは、国際法秩序に依拠した積極的な平和構築の道です。
1 国際法秩序の維持・強化
(1)戦後の国際法秩序
2度の世界大戦における惨禍を経験して、人類は戦争や武力行使を原則として違法とする法規範=国連憲章を確立しました(戦争の違法化、紛争の平和的解決)。ある国が不当な武力攻撃に及んだ場合には、集団的にこれに対応することとし(集団安全保障)、集団的な対応が行われるまでの緊急的な処置として、武力攻撃と均衡性のとれる範囲で例外的に武力行使が許される(自衛権)という法規範です。
(国連憲章前文から抜粋)
われら連合国の人民は、われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い、基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念をあらためて確認し、正義と条約その他の国際法の源泉から生ずる義務の尊重とを維持することができる条件を確立し(中略)、並びに、このために、寛容を実行し、且つ、善良な隣人として互に平和に生活し、国際の平和及び安全を維持するためにわれらの力を合わせ、共同の利益の場合を除く外は武力を用いないことを原則の受諾と方法の設定によって確保し、すべての人民の経済的及び社会的発達を促進するために国際機構を用いることを決意して、これらの目的を達成するために、われらの努力を結集することに決定した。
また、戦争状態であっても遵守すべき法規を定めて無差別攻撃等を禁止するとともに(国際人道法)、不必要な苦痛を与える兵器の使用を禁止したり削減したりする条約をつくったりしてきました(軍縮)。
「戦争の違法化」「紛争の平和的解決」「集団安全保障と自衛権」「国際人道法」「軍縮」は、国際法上、安全保障の5つの要素とされており、これらをバランスよく追求していくことが重要であるとされています。
(2)ロシアのウクライナ侵攻への対応
ロシアのウクライナ侵攻は、このような国際法秩序を無視し、これに真っ向から違反する重大な違法行為ですが、今回の侵攻によって国際法秩序が失われた訳でも変更された訳でもありません。
国連総会は、3月2日、141か国の賛成により、ロシアのウクライナ侵攻を批判し即時無条件の撤退を求める決議を行いました。また、同月24日には、140か国の賛成により、ロシアの国際人道法違反行為を非難する決議を行っています。
そして、国際司法裁判所は3月16日付で軍事行動の即時停止を命じる仮保全措置を決定しましたし、国際刑事裁判所はロシアの国際人道法違反行為について捜査を行っています。
ロシアの重大な違法行為に対しては、国際法秩序に基づく厳格な対応を行い、法秩序を維持・強化することが重要です。そのことを可能にする最大の保障は、国際世論の高まりにあります。
2 東南アジアにおける地域安全保障の先駆的実践に学ぶ
(1)地域安全保障
国連憲章は「集団安全保障」を採用していますが、国連安保理が十分に機能しないことが度々繰り返されてきました。このため、安全保障理事国等の大国の思惑に振り回されずに、地域の平和を地域で構築していくという「地域安全保障」の取り組みが各地で積み重ねられています。
(2)東南アジア友好協力条約(TAC)の広がり
東南アジアでは、ASEANが「紛争の平和的手段による解決」や「武力による威嚇または武力の行使の放棄」を定めた「東南アジア友好協力条約(TAC)」をつくり、批准国を広げています。
そして2005年以降、毎年「東アジアサミット(EAS)」を開催していますが、この「東アジアサミット」に参加するためにはTACを批准することが条件とされています。つまり、東アジアにおける経済活動に関与するためには、「紛争の平和的手段による解決」や「武力による威嚇または武力の行使の放棄」を定めたTACを認めることが要求されている訳です。このため、アメリカ、中国、ロシア等もTACを批准したうえで、「東アジアサミット」に参加しています。
(3)ASEANインド太平洋構想(AOIP)
2019年の「東アジアサミット」では、「ASEANインド太平洋構想(AOIP)」が採択されました。
これは、日本がアメリカ等とともに掲げている「自由で開かれたインド太平洋戦略(FOIP)」に対置されるものです。FOIPは、中国の一帯一路構想に対抗して、中国を包囲するために、軍事的・経済的な共同関係を構築しようという構想です。これに対して、AOIPは、ASEANの中心性を維持しつつ、中国も含むあらゆる国を包摂して経済社会協力的な交流を広げ、互恵関係を構築していくという構想で、FOIPとは真逆の発想に基づくものです。
(4)ミルフィーユの様に
このように地域単位で集団安全保障の枠組みを構築・充実させることを通じて、地域の平和的な環境を作っていくこと。また地域の国々との経済的な結びつきを強めてWin-Winの関係を作り、交戦状態に入ることが互いにとって損になるような関係を広げていくこと。さらには憲法9条を活かした平和的な国際貢献を行っていくこと等々、平和構築のための取組みをミルフィーユの様に重層的に積み重ねていくことが大切です。
3 軍縮条約を広げる
平和を構築するうえでは、「軍縮」を進めることも重要なポイントとなります。ただ、一国だけで「軍縮」を進めることは難しいので、多国間で軍縮のための条約をつくって同時並行的に進めていくことが有用です。
(1)核兵器禁止条約
核兵器禁止条約は、核兵器の使用・保有はもちろん、開発、生産、製造、取得、貯蔵、核実験等も含めて、包括的に禁止する条約です。
(核兵器禁止条約前文から抜粋)
あらゆる核兵器の使用から生ずる壊滅的で非人道的な結末を深く憂慮し,したがって,いかなる場合にも核兵器が再び使用されないことを保証する唯一の方法として,核兵器を完全に廃絶することが必要であることを認識し(中略)、あらゆる核兵器の使用は,武力紛争の際に適用される国際法の諸規則,特に国際人道法の諸原則及び諸規則に反することを考慮し(中略)、
法的拘束力のある核兵器の禁止は,不可逆的な,検証可能なかつ透明性のある核兵器の廃棄を含め,核兵器のない世界を達成し及び維持するための重要な貢献となることを認識し,また,その目的に向けて行動することを決意し(後略)
ロシアが「ウクライナの核武装を阻止する」ことを口実の1つにして侵攻したことや、ロシアが核兵器使用の可能性をほのめかしていること等によって、地球上に核兵器が存在することそれ自体が安全保障上のリスクであることが、改めて示されました。
核兵器禁止条約の批准国を広げることにより、核兵器が非人道的で違法な兵器であるという国際的な法規範を強化し、核兵器を持つ国が核を振り回すことができないような国際的状況をつくっていくこと、さらには核兵器の削減・廃絶へとつなげていくことが大切です。
(2)INF条約の復活と拡大
INF条約(中距離核戦力全廃条約)は、地上配備の中距離弾道ミサイル及び巡航ミサイル(射程500~5500キロメートル)の発射実験・製造・保有を全面的に禁止する画期的な軍縮条約です。冷戦下の1987年に、アメリカと旧ソ連との間で結ばれました。
しかし、条約の制限を受けない中国が米ロを差し置いて開発・保有を進めたことに危機感を抱いたアメリカが離脱を表明し、2019年8月に失効してしまいました。これによって、米・中・ロ三国によるミサイル開発競争が過熱しています。
この条約を復活させるとともに、規制対象のミサイルや批准国を広げていくことで、軍拡競争に歯止めをかけ軍縮へと切り替えていくことも重要です。そのための国際世論喚起と外交的働きかけを行うべきでしょう。
4 まとめ
以上のように、国際法秩序に依拠した積極的な平和構築の道を進む場合には、「戦争の違法化」「紛争の平和的解決」「集団安全保障と自衛権」「国際人道法」「軍縮」の5つの要素をバランスよく追求していくことが重要です。
明白な国際法違反であるロシアのウクライナ侵攻に厳格な対応を行い法秩序を維持・強化すること、地域安全保障の枠組みを構築・充実させるとともに平和構築のための取組みを重層的に積み重ねていくこと、及び軍縮条約を広げていくことがポイントとなるでしょう。
第4 おわりに
全面的に異なる訳ではない
ここまで、「攻められないようにする」ための2つのアプローチについて書いてきました。
ただよくよく考えてみると、両者は基本的発想が大きく異なるものの、全面的に異なっていてまったく相容れない関係にあるという訳ではありません。「抑止力」を防衛政策の基本に据えたとしても、国連加盟国である以上は国連憲章を守る義務がありますし、国際人道法も軍縮条約も批准した国に対しては拘束力が生じる訳で、こうした点は共通しています。
異なるポイントは集団安全保障を何で補うか
両者の違いは、国連の「集団安全保障」が十分に機能しない部分を、「自衛権」特に「集団的自衛権」によって補うか、「地域安全保障」によって補うかという点にあるのではないかと思います。
「自衛権」特に「集団的自衛権」によって補おうとすれば「軍縮」には向かいにくくなります。
これに対して「地域安全保障」によって補おうとすれば「軍縮」や「紛争の平和的解決」のための具体的な方策を突き詰めていくことになります。ASEANでは、紛争を未然に防止したり平和的に解決したりするために、様々なレベルでの会合を開催して各国の利害調整を図っており、その回数は合計で年間1000回以上にも及ぶとのことです。
そのように考えると、5つの要素をバランスよく追求するには、後者の方が適しているように思われます。
賢明な判断を
いまヨーロッパでは、ロシアのウクライナ侵攻を受けて、国防費を増額する動きが広がっています(「欧州、相次ぎ国防増強 ドイツ大転換、北欧なども続く」2022年3月14日産経新聞)。今後このような流れがさらに広がっていくかも知れません。
しかし、地球規模で考えると、人類は気候危機や食糧危機など、緊急に共同して対処しなければならない重大な問題を抱えています。戦争はもちろんのこと、軍拡競争をしている場合ではないというのが、客観的な状況でしょう。
沈みゆく船の乗客同士で争うのは愚かしいことだというのはわかりやすい話ですが、現実世界はそう単純ではなく、いろいろな国がそれぞれの思惑に基づいて種々の選択をしているなかで、適切な判断をすることは難しいですね。それでも、不安に駆られたり雰囲気に流されたりして拙速に決めてしまうのではなく、大局を見失わず、人類の過去の歴史にも学んだうえで、賢明な判断をしたいと思います。
(日本国憲法前文から抜粋)
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和の内に生存する権利を有することを確認する。われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけて、全力をあげて崇高な理想と目的を達成することを誓う。