「攻められたらどうするのか」という素朴な疑問について考えるうえで踏まえておくべき基本的な事柄(前編)


ロシアのウクライナ侵攻を受けて、日本国内でも不安が高まっています。「憲法9条で日本が守れるのか」「攻められたらどうするんだ」「日本も核兵器を持つべきじゃないか」「防衛費を大幅に増額すべきだ」等の声が聞かれます。こうした点について考えるうえで踏まえておきたい基本的な事柄についてまとめてみました。まずは前編です。

第1 本気で攻められたら終わり

1 資源小国、貿易立国

日本は資源が乏しく貿易により成り立っている国ですし、食料自給率も著しく低いので、他国と交戦状態に入れば直ちに国民生活に深刻な影響が出ることが予想されます。

2 攻めやすく守りにくい地形と「無防備な原発」

また細長い島国で、海岸線が長く縦深も乏しいため、「攻めやすく守りにくい」地形であるとされています。

海岸線に数多くの原発が並んでいることも、防衛上の大きな弱点です。
特に、「極超音速ミサイル」の導入によって、「攻撃優位」が明白となった状況下では、「無防備な原発」は格好の標的となります(「日本の原発は戦争「想定していない」 ミサイル攻撃受ければ「放射性物質まき散らされる」原子力規制委の更田委員長」」東京新聞2022年3月9日)。

2022.2.16 朝日新聞DIGITALから

3 必要なのは攻められないようにすること

このようなことからすると、「本気で攻められたら終わり」というのが日本の現状であると言えるでしょう。

そこで、「攻められないようにするためにどうしたらよいか」、ということを考える必要があります。これには、大きく分けて2つのアプローチがあります。

第2 「抑止力」とその問題点

1つは、「抑止力」を高める方法です。

1 「抑止力」の考え方

(1)抑止力の構成要素

「抑止力」というのは、反撃する「能力」と「意思」を示すことによって、相手に攻撃を思いとどまらせる力のことです。

このうち、攻撃能力を高め、仮に攻撃を受けた場合には耐え難い報復を行う意思を示すことによって攻撃を思いとどまらせることを「懲罰的抑止」と言い、相手の攻撃を阻止する防衛能力を高め、それを示すことによって、相手に攻撃しても無駄だと思わせて攻撃を思いとどまらせることを「拒否的抑止」と言います。

また、同盟国に対する攻撃に対して反撃する意図を示すことによって、同盟国への攻撃を思いとどまらせることを「拡大抑止」と言います。

(2)日本がこれまでとってきた安全保障政策

日本はこれまで、攻撃を受けた際にこれを排除する目的以外には武力を行使しないという「専守防衛」を基本政策として掲げることで、「拒否的抑止」を採用してきました。

また「懲罰的抑止」については、アメリカの「核の傘」等に依存しています(拡大抑止)。9条の制約があって「懲罰的抑止」に必要な軍事力を持つことができないという日本側の事情と、世界中に軍事的影響力を及ぼし続けるために日本に軍事基地を置いておきたいというアメリカ側の思惑が合致して、特殊な方法が成り立ってきました。

2 「抑止力」の限界

しかし、「抑止力」は決して万能なものではありません。

(1)不確実で不安定

「抑止力」は、様々な事情が複雑に絡み合って作用するものなので、本質的に不確実・不安定なものといえます。相手国の受け止め方次第という面が否めず、こちらが意図した通りに作用しているかどうかを正確に見極めることは事実上不可能です。少なくとも、攻撃能力や反撃能力を高めれば抑止力が増すというような単純なものではありません。

特に「拡大抑止」の場合には、直接の当事国だけではなく同盟国の意図や思惑も絡んでくることから、より不確実・不安定さが増すことになります。

(2)安全保障のジレンマ    

こちらが「攻撃されないようにするために」武力を増強したとしても、周りの国がその意図通りに捉えるとは限りません。「攻撃しようとしているのではないか」という脅威を感じ、「より強く大きな力で対抗しなければならない」と考える可能性もあります。そうなると、果てしない軍拡競争に陥り、安全保障環境はかえって悪化してしまいます。そして最悪の場合には、「やられる前にやらなければ」という恐怖にかられた周辺国からの攻撃を誘発してしまう危険すらあります(安全保障のジレンマ)。

教育図書NEWS「核を持つと戦争のリスクが高まる?!ゲームで学ぶ安全保障の授業」から

ロシアは今回、NATOの東方拡大への危機感を理由にしてウクライナへの侵略を正当化しようとしています。これは「やられる前にやらなければ」という発想であり、「安全保障のジレンマ」の現れと言えるでしょう。抑止力を高めようとすることが、周辺国による武力攻撃のきっかけになったり、口実にされたりする危険性があるのです。

このような弊害を防ぐために、①こちらの「能力」と「意図」を相手国に正確に伝えられること、②状況に対する正しい認識(越えてはならない一線がなんであるか)が双方で共有されていること、③合理的な判断がなされることに対する相互の信頼(一線を越えない限り攻撃されることはない)等が必要であるとされています。

(3)同盟のジレンマ

先にも書いた通り、日本は、攻撃を受けた際に耐え難い報復を行う「懲罰的抑止」についてはアメリカの「拡大抑止」に依存してきました。しかし、このような依存関係は、「出来る限りアメリカの要求に応じておかないと、いざというとき助けてもらえないのではないか」という不安を生み、増幅させます。

asahi.com「新戦略を求めて 役割変わる日米同盟 世界の秩序維持・構築へシフトを」から

安保法制もこのような不安が後押しして作られたという面があります。しかし、安保法制が出来たことによって、「自衛隊ができること」に対する歯止めがほとんどなくなってしまいました。一定の要件を満たせば自衛隊が米軍の「後方支援」をしたり米艦を防護したりすることが可能になりましたが、そうした活動中に攻撃を受ければ自動的に参戦することとなる等、アメリカが起こす戦争にいつ巻き込まれてもおかしくない状態になっています。

つまり、日本が「攻められないようにする」ためにアメリカの力に依存したはずが、結果的にアメリカが起こす「戦争に巻き込まれる」リスクが高まってしまっているのです(同盟のジレンマ)。

3 核共有、敵基地攻撃能力・反撃能力の保有

いま議論されている「核共有」や「敵基地攻撃能力・反撃能力の保有」は、「抑止力」を高めようという発想に基づくものです。いずれも憲法上許されないものですが、以下に述べる通り、「抑止力」という点から見ても重大な問題があります。

(1)核共有

「核共有」の正式名称は、「ニュークリア・シェアリング・アレンジメント」と言い、現在は、いずれもNATO加盟国であるドイツ、イタリア、ベルギー、オランダ、トルコの5カ国が参加しています。

「共有」と言っても、核兵器自体をシェアするわけではありません。核兵器はあくまで米国のもので、平時は米軍の管理下に置かれます。有事に使用する際には、共同で運用を行いますが、使用するかどうかの最終決定権はアメリカが持っており、参加国の判断で勝手に使うことはできない仕組みになっています。日本はすでに事実上アメリカの「核の傘」の下にいることからすれば、「核共有」によって抑止力が高まるとは言えないでしょう。

また、日本が国内に核兵器を設置するということになれば、周辺国にとっては重大な脅威です。軍拡競争を招来したり、先制攻撃を誘発する可能性が高まります。自民党の安全保障調査会でも、核を配備した基地が攻撃対象になる恐れが高く日本にはなじまないとの意見が相次ぎました(東京新聞2022年3月16日)。

(2)敵基地攻撃能力・反撃能力の保有

「敵基地攻撃能力・反撃能力」は、①移動式ミサイルや地下に隠されたミサイル基地の位置をリアルタイムで正確に把握し、②防空レーダーや対空ミサイルを無力化して制空権を確保し、③ミサイル基地等に対する攻撃を行うための能力を言います。

そのためには、偵察衛星、無人偵察機、諜報活動能力、電子戦機、対電波放射源ミサイル、巡航ミサイル等が必要となりますが、現状の自衛隊の装備ではまったく足りておらず、すべて揃えるとなると莫大な費用がかかります。

産経新聞2020年6月30日から

そして、莫大な費用をかけて、敵基地攻撃能力・反撃能力を実際に保有すれば、周辺国にとっては重大な脅威となります。周辺国もこれに対抗して軍備を増強し、軍拡競争を招くおそれが高いですし、先制攻撃を誘発してしまう危険もあります。結局のところ、敵基地攻撃能力・反撃能力の保有は、懲罰的抑止(の一部)を自衛隊が自ら担うということに他ならず、安全保障のジレンマは避けられないように思われます。

 4 まとめ

以上のように、「抑止力」は本質的に不確実・不安定なものであるうえ、軍拡競争を招く結果として逆に地域の緊張を高めてしまうおそれがあります。そして何らかのきっかけで抑止が破れてしまった場合には破滅的な事態を招くこととなりかねません。そのため、抑止力を働かせるうえでも、安全保障のジレンマを回避するうえでも、「安心供与」と「信頼醸成」が不可欠とされています。日本が掲げてきた「専守防衛」政策は、憲法9条と相まって、「安心供与」に役立ってきたと言えるでしょう。

いま議論されている「核共有」や「敵基地攻撃能力・反撃能力の保有」は、「力に力で対抗する」ために力を強めようとする点で共通していますが、「安心供与」や「信頼醸成」を図る視点が欠けていることから、効果があるか疑わしく、重大な弊害を生じさせかねない懸念があります。

後編に続く