11月13日(日)、新潟県弁護士会の主催で、君島東彦さんの講演会が開催されました。
そもそも平和をどう捉えるか、ウクライナ侵攻における停戦・和平の追求、東アジアでいかにして平和を制度設計していくか等々、興味深いお話が満載で、知的刺激に溢れる講演会となりました。
講演の概要を以下に記載します。なお、講演のアーカイブ動画(パスコード QEx3^L#1 )はこちらからご覧いただけます。また、講演で使用されたパワーポイント(PDF)はこちらからダウンロードできます。
1 平和学の視点から考える-我々の平和原理-
(1)平和学とは
日本には憲法9条という徹底した平和主義の条項があるため、平和問題=憲法問題と捉えられることが多い。これは基本的にはよいことであるが、国際的にみると特異で、バランスが悪い面もある。
憲法規範はもちろん重要ではあるが、平和を実現するには、それにとどまらず、様々な視点・アプローチが必要となる。それを取り扱うのが「平和学」という学問。米ソ核戦争という人類的危機を防ぐために1950年代に始まった。現在では、多くの大学でカリキュラムに「平和学」が組み込まれている。
平和学は、政治学、法学、経済学、心理学等の諸学問の共同作業。その意味で学際的研究分野と言える。「戦争の原因と平和の条件を探究する学問」であり、「様々な危機のなかで人類が生き残るための学問」。
(2)平和学は紛争をどうとらえるか?
人間社会は多様な価値観・文化を持つ人間からなる以上、常に紛争・対立があるし、これらをなくすことはできない。平和学の目標は、紛争をなくすことではなく、紛争の暴力化を防ぐこと。紛争解決ではなく、紛争を転換し、制御することにある。
紛争には、現実に存在する不正義を可視化して変革の必要性を示唆する積極的な意味もある。その変革が暴力的になされるのではなく、平和的になされることが重要。「平和的変革」というダイナミックなプロセスこそが平和である。
(3)平和学の特徴は何か?
平和学は国際政治学と近いが、以下の点で異なっている。
- 敵対ではなく、 「信頼醸成」
- 排除ではなく、 「包摂」
- 勢力均衡ではなく、「包括的制度化」
- 軍拡ではなく、 「軍縮」
- 戦争準備ではなく、「戦争予防」
- 敵と味方を区別するのではなく、「敵の声を聴く」(≠敵の主張を認めること)
戦争を予防し平和をつくる主体として、国家ではなく、国際機構及び市民社会に注目する。
(4)平和とは何だろうか?
カント『永遠平和のために』は、200年以上前の著作だが、平和を考察するうえで重要なものは全て入っている。例えば「国連」にあたるものも示唆されている。
その第1章の冒頭に以下のような記載がある。
「平和とはすべての敵意が終わることである」
これを言い換えれば、「国家間の憎悪の連鎖を終わらせる」ということ。
(5)平和とは何だろうか?-君島の試論
平和は、一国で考えたり、一国で作ったりすることはできない。平和とは、紛争当事者間の「関係」であり、「コミュニケーション」である。「モノローグ」ではなく、「ダイアローグ」が必要。
軍事・武器は、特異な「負のコミュニケーション手段」であり、平和の核心問題ではない。
平和の核心問題は、「関係性」の問題。平和をつくることは、関係構築であり、コミュニケーションの構築。すなわち外交である。
(6)平和学者
- 平和学をつくった人々
ヨハン・ガルトング、エリーズ・ボールディング、アナトール・ラパボード - 日本の平和学をつくった人々
坂本義和(東大法学部教授)、武者小路公秀(国連大学副学長)、高柳先男(中央大学法学部教授) - いま注目される平和学者
ヘイッキ・パトマキ(フィンランド、ヘルシンキ大学教授)
劉成(中国、南京大学教授)
ユーリ・シェリアジェンコ(ウクライナ、クローク大学教員)
2 ロシア・ウクライナ戦争はどのように終わらせうるか-戦争の原因、停戦・和平の追求-
(1)戦争の原因
ロシアはなぜウクライナに侵攻したのか?
様々なことが言われているが、以下の4つの要因を挙げることができる
- 安全保障上の不安感(NATOの東方拡大)
- プーチン大統領の帝国意識
- アメリカ中心の世界秩序(パックス・アメリカーナ)への対抗
- プーチン大統領の自己保身
ロシア立憲主義の失敗
カント『永遠平和のために』における第一確定条項
「国内の共和的体制が国際平和をもたらす」
ここでいう「共和的体制」とは、「立憲主義」ないし「立憲民主主義」を指す。
1993年ロシア連邦憲法は大統領権限が強く、「疑似立憲主義」「超大統領制」。
2020年の憲法改正により、「プーチン個人統治体制が完成した」と評価されている。
大統領の独裁化を防ぐことができなかったというロシア国内政治の問題。
ロシアにおいて、立憲主義、民主主義を実現するという、大きな長期的な課題。
(2)停戦・和平に向けて必要なこと
ロシアの市民社会を支援する-ノーベル平和賞の役割
立憲主義、民主主義を機能させるには、市民社会の役割が大きい。
国際社会に期待されるのは、ウクライナへの軍事支援やロシアへの経済制裁ではなく、ロシア国内の市民社会を支援すること。
21年と22年のノーベル平和賞はその役割を果たしたと評価できる。
21年は、ロシアの独立メディア『ノーバヤ・ガゼータ』の編集長、ドミトリー・ムラトフ。
プーチン政権を厳しく批判し、記者・寄稿者6人が殺害されている。
ウクライナ侵攻後は、ロシア政府の規制で活動停止中。
22年は、ロシアの人権NGO『メモリアル』。
ソ連時代の政治的弾圧・人権侵害の犠牲者の記憶・記録の保持を任務とする。
21年12月に、ロシア最高裁が解散命令を出した。
「包摂」「共通の安全保障」としてのOSCE
1975年、ヘルシンキでCSCE(欧州安全保障協力会議)発足
␣␣␣NATO、ワルシャワ条約機構の双方の加盟国を包括
␣␣␣冷戦終結に貢献
␣␣␣軍事的な情報共有。互いに査察を認め透明性を高めることで信頼醸成を図る。
1995年、ウィーンに本部を移してOSCE(欧州安全保障協力機構)設立
␣␣␣現在57カ国が加盟する世界最大の地域安全保障機構(非軍事的組織)
␣␣␣基本的な考え方は「共通の安全保障」「安全保障の不可分性」
(3)停戦・和平をめぐる状況(可能性)
ウクライナの平和学者(シェリアジェンコ)はこの戦争をどう見ているか?
戦争の長期化は米ロ双方の戦争推進者たちにとってプラス。彼らは停戦を許さないだろうし、あと1~2年戦争を継続する能力を持っている。
戦争を終わらせるには、より大きな東西対立を終わらせる必要がある。和平協議は包括的であるべきで、米国、ロシア、中国、さらにはロシアに経済制裁をしている諸国も加わるべき。
国際法学者は、18~60歳男性の出国禁止措置について、国連人権規約・自由権規約18条に基づく「良心的兵役拒否の権利」を損なうものであり解除すべきであると主張している。
停戦をめぐる正義派と和平派の対立
「正義派」(アメリカ、ポーランド、イギリス、バルト三国等)
␣␣停戦はロシアを敗北させることが前提。すぐに停戦することはできない。
「和平派」(イタリア、ドイツ、フランス等)
␣␣速やかな停戦が必要。
␣␣長期化すれば、NATOが巻き込まれるリスク、ロシアが大量破壊兵器を使うリスクが高まる。
(4)停戦・和平に向けた取り組み
ケンブリッジ大学「ウクライナ和平合意プロジェクト」
ケンブリッジ大学ローターパクト国際法研究センターの「ウクライナ和平合意プロジェクト」(マーク・ウェラー教授ら)が「ウクライナ枠組合意案」を起草し(3月31日)、公開している。
同プロジェクトが示す「停戦合意バロメーター」。過去最大は3月30日の約60%。11月1日時点では約7%とされている。
イタリアの和平案の試み
イタリア政府が「ロシア・ウクライナ和平案」を作成し、グテーレス国連事務総長に提出(5月18日)。しかし両国政府から拒否され、ルイジ・ディマイオ外相は「まだ機が熟していない」として取り下げた。
- 停戦と最前線の非軍事化
- ウクライナ中立化、諸国家によるウクライナの安全保障
- クリミアとドンバス地方について高度の自治を保障したうえでウクライナ国家にとどまらせることの確認(ロシア・ウクライナ間の協定)
- ロシア軍のウクライナからの段階的撤退と、西側諸国の対ロ経済制裁の緩和(西側諸国とロシアとの間の多国間平和条約)
イェルマーク・ラムスッセン報告書
ウクライナ大統領府長官(イェルマーク)と、元NATO事務総長(ラムスッセン)を座長とする国際的専門家グループが「ウクライナの国際的な安全保証に関するキエフ安全保障協定案」を発表(9月13日)。
- 国連憲章51条に基づく自衛権(ウクライナの防衛能力の強化、EU,NATOによる訓練、共同演習)
- ウクライナの安全を保証する2国間合意。「キエフ安全保障協定」としてまとめる。
- 日本は非軍事的にウクライナの安全を保証することが期待される
- ウクライナのEU,NATOへの加盟は継続的に追求する
米国議会・民主党進歩派の書簡
米下院民主党の「進歩派議員連盟」がロシアとの外交交渉による解決を追求するよう求めるバイデン大統領宛の書簡を公表(10月24日)。しかし、民主党内の批判を受けて、翌日取り下げ。
『フォーリン・アフェアーズ』オンライン版が、10月31日に「バイデン政権は交渉による戦争終結の可能性、タイミングを探り始めるべき」とのエマ・アッシュフォードの論説を掲載。
「平和のためのヨーロッパ」
11月5日、イタリア全土で大規模集会・デモが実施された。ローマでは3万人が集まった。
3 東アジアの平和を制度設計する-有事をいかに予防するか-
(1)東アジアの平和の出発点としての日本国憲法
4つのD
日本国憲法は、東アジアの平和を破壊した日本帝国主義の解体・克服を目的としている(4つのD)。これが東アジアの平和の出発点となる。
- Decolonization 植民地の放棄(ポツダム宣言第8項)
- Disarmament 帝国陸海軍の武装解除(憲法9条)
- Denial of the divinity of Emperor 天皇の神格否定(人間宣言、憲法1条)
- Democratization 政治の民主化(憲法全体)
六面体としての憲法9条
憲法9条は、ワシントン、大日本帝国、日本の民衆、沖縄、東アジア、世界の民衆という6つの視点から見ることではじめて全体像がわかる。
詳しくは、『六面体としての憲法9条-憲法平和主義と世界秩序の70年』を参照。
日本国憲法の平和・安全保障構想-9条+前文
日本国憲法の原点は、9条(日本の非武装)+前文「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持」(国連の安全保障)。
しかし、冷戦ゆえに国連の安全保障は機能せず、日本政府は9条+日米安保の方向へ。
日本国憲法の安全保障構想を、東アジアでどのように実現するかが我々の課題。
東アジア地域として安全保障の制度設計をする必要。キーワードは、「包摂」「信頼醸成」「包括的制度化」。
(2)東アジアにおける平和の制度設計(欧州の経験に学ぶ)
何が欧州の冷戦を終わらせたのか
長期間にわたる分断克服の努力。
- CSCE(OSCE)。東西対立を包摂した組織。「共通の安全保障」「他国の安全を脅かして自国の安全を追求するのではなく、関係諸国すべての安全を追求する」という考え方。
- 市民社会。東西の市民社会の分厚い交流が分断を克服した。
東アジアの現状と平和への道筋
日米と中国の間にある分断構造をどのように克服するか。
- OSCEの東アジア版をつくる
- 市民社会=NGOの役割を重視する
「防衛力の抜本的強化」-「抑止力の強化」は戦争を抑止しうるか
中国の軍拡を意識しこれに対抗する政策。それで本当に「抑止」できるのか。
- 防衛予算の拡大、「反撃能力」、安保3文書の改定。
- 「自由で開かれたアジア太平洋」、QUAD。
- 台湾有事のシミュレーション
(3)マルチトラック外交
外交の主体は政府だけではなく、いくつものトラック=ルートがある。
市民社会、NGOも外交主体。日本国憲法は、市民社会、NGOが外交主体として活動することを要請している。政府間の外交が停滞しているときこそ、市民社会が先行して行動すべき。
武力紛争予防のためのグローバル・パートナーシップ
Global Partnership for the Prevention of Armd Conflict(GPPAC)
世界の15地域ごとに、武力紛争予防にかかわるNGOがネットワークを作って活動している。
東北アジアでは、中国、台湾、香港、モンゴル、北朝鮮、韓国、極東ロシア、日本のNGOが参加。
日中平和学対話
日本平和学会と、チャハル学会(中国の民間シンクタンク)及び南京大学が2015年から続けている企画。
2015年は北京で、2017年は南京で、2019年は京都(立命館大学)で開催。
南京大学の大学院生が参加するなど、中国における平和学の浸透が感じられる。
東アジア学生平和対話
立命館大学国際関係学部の君島ゼミは、2011年から復旦大学(上海)の学生と毎年平和対話を行ってきた。2018年以降は韓国のキョンヒ大学を加えて、日中韓学生平和対話となった。
中国に関する日本国内での報道はまったく不十分。参加した学生は対話を通じて知る中国の本当の姿に驚きの連続。分断を克服し、信頼関係をつくるための重要な一歩といえる。