「2026年新春の集い」での講演@越後湯沢


3年ぶり4回目

1月18日(日)、「湯の町湯沢平和の輪」主催の『2026年新春の集い』にお招きいただき、講演をしてきました。

「湯の町湯沢平和の輪」にお招きいただくのは、2016年10月2017年8月2022年9月に続いて、今回が4回目です。

事前の準備

「世界でも、国内でも激動の時代だからこそ、根っこの深いところから平和について考えたい」ということで、2022年6月に書いたブログ「どうすれば「戦争の時代」を防げるか~人類が憲法9条を手にした意味」と同じタイトルで講演をして欲しいとのオファーをいただきました。

「私も聞きたいです」と思うようなご依頼内容でしたが、お引き受けした以上自分で考えるしかないので(笑)、あれこれ悩みながら以下のような内容でお話することにしました。

当日お話したこと

1 いま進められ(ようとし)ていること

狭い意味での軍事に直接関わることだけでも、以下のようなのことが一気に進められているということを、具体的な資料を示しながらお話しました。まとまった報道があまりされていませんが、日本はどんどん軍事国家化していると言ってよいかと思います。

「防衛力の抜本的強化に関する有識者会議」報告書では、「防衛力強化と経済成長の好循環」ということが強調されています。私自身も今回の講演準備で初めて詳しく知ったのですが、防衛産業に対しては本当に手厚い支援のメニューが用意されているのですね。ぜひ防衛装備庁のサイトを見てみてください。

憲法の規定に基づく制度や原則がどのように変えられてきたかをまとめると、以下のようになります(赤色が変更部分、オレンジ色が変更が取り沙汰されている部分)。変わらずに残っているのは、憲法の条文だけ、と言っても過言ではありません。

2 「戦争の時代」には必要な備え、なのか

そのような変化も、「戦争の時代」には必要な備えなのではないか、とも思えます。ただ、それを推し進めていくとどうなるのかということも冷静に見極めておく必要があるでしょう。

(1)軍事国家化で犠牲にされるもの

防衛費を増やすためには、生活に直結する予算を削る必要があります。現に、国立病院機構の積立金や、中小企業向け融資の基金など、まったく筋違いのお金が防衛費に回されています。また、スパイ防止法の策定によって、表現の自由などの人権が犠牲にされることが懸念されます。

(2)ブランド力の喪失

日本は、戦後、平和国家としての歩みを続けるなかで、ブランド力を高めてきました。1991年の国連総会で採択された「軍備の透明性」決議や、2003年の「小型武器規制会合」での全会一致決議における貢献は、国際的にも高く評価されています。

ペシャワール会の代表としてアフガニスタンなどで活動した中村哲医師も、「9条がバックボーンとして僕らの活動を支えていてくれる、これが我々を守ってきてくれたんだな、という実感がありますよ。」と語っています。

こうしたブランド力も失われることになります。

(3)「力による平和」が行き着く先

「力による平和」を実現しようとすれば、軍拡競争を招きます。一国で対抗できなくなれば軍事同盟を結びます。AUKUS、Quad、日米韓など中国に対抗する枠組みが広がっています。

また、通常戦力の格差を埋めるために核兵器を保有する方向へと進んでいくこともあるでしょう。国連のグテーレス事務総長は、「いま世界は、冷戦終結後、最も危険な状態にあります。これまでに核兵器が使用されなかったのは、単に運がよかっただけです。しかし、運は戦略ではありません。」「核兵器の脅威を根絶するためには、核兵器そのものをなくさなければなりません。」と演説しています。

3 「ではどうすればよいのか(その1)~歴史に学ぶ」

では、それに代わる対応策はあるでしょうか。

それを考えるうえで有用なポイントの1つめは、「歴史に学ぶ」視点です。

(1)国連憲章や日本国憲法が作られた歴史的背景

国連憲章は、なぜ戦争を違法化したのか。それは二度の世界大戦の惨害を繰り返さないためです。

日本国憲法9条は、なぜ戦力の不保持を定めたのか。それは、「原子爆弾の出現によって、文明と戦争は両立しえなくなった」からです。「文明が戦争を抹殺しなければ、やがて戦争が文明を抹殺する」ことになってしまうため、憲法9条が定められました。

(2)旧約聖書に記された人類の悲願

「命を奪う武器を、命をつなぐ農具に作り替える」というのは、旧約聖書の時代からの人類の悲願でもあります。

4 「ではどうすればよいのか(その2)~世界の取り組みに学ぶ」

2つ目のポイントは、「世界の取り組みに学ぶ」視点です。世界では、日本国憲法前文の規定と響き合う様々な取り組みがなされています。

(1)「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」

「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにする」ために、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」するというのが、憲法前文の精神です。「諸国」ではなく、「諸国民」とされているのがポイントです。

世界の国際NGOの数は、1951年に約800でしたが、2021年には約6万7000になりました(国際団体連合の統計)。50年間で80倍以上に増えたことになります。これらの国際NGOがジュネーブ条約、ワシントン条約、女性差別撤廃条約、対人地雷禁止条約、クラスター爆弾禁止条約等々、各種国際条約の成立や実効性の確保に欠かせない役割を果たしています。核兵器禁止条約の成立に貢献したICANや、日本被爆者団体協議会がノーベル平和賞を受賞したことは記憶に新しいところです。

(2)「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」

2005年世界サミットの成果文書『人間の安全保障』では、すべての人々が平和的生存権を有していることを宣言している。

2024年9月22日の国連総会で全会一致で採択された『未来のための協定』には、以下の2点が明記されました。

  1. 持続可能な開発、平和、人権が相互に強化し合うものであること
  2. 軍事支出の世界的増加が、持続可能な開発と平和維持に影響を与えることが懸念されること

そしてこの国連決議の要請を受けて国連事務総長が取りまとめた報告書では、以下のことが強調されています。

  1. 軍拡は平和の強化をもたらさないこと
  2. 平和には、食料の安全保障、教育、訓練と雇用機会、医療、社会セーフティーネットとすべての人の尊厳を確保することが必要であること
  3. 軍事的防衛にばかり焦点をあてた安全保障アプローチは、貧困、不平等、環境劣化などの不安定の根本的要因に対処できないこと

そして、7億人の飢餓人口を救うために6年間で必要な費用は推計5500億ドル。それに対し2024年の世界の軍事費はその約5倍にのぼると指摘されています。旧約聖書の時代からの人類の悲願を実現することはまだまだできないのでしょうか。

(3)「いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」という

「自分の国をどう守るか」という発想しかないと、周辺諸国との利害が対立し、軍拡競争につながってしまいます(安全保障のジレンマ)。そうではなく、地域の安全をどう作っていくか、地域の平和をどうやって構築していくかという発想に立てば、周辺国との利害が一致します。こうした視点を維持し平和構築の努力を積み重ねてきているのがASEANです。

また、地球温暖化(気候危機)、マイクロプラスチック汚染、感染症など、人類全体が協力して対処しなければならない深刻な問題も山積しています。沈み行く船のなかで乗客同士がけんかをすることほど愚かなことはないでしょう。

狭い視野からは合理的に見える選択でも、大局的な視点によれば明らかに不合理であることがわかります。現実社会は複雑で様々な困難も伴いますが、歴史に学び、視野を広げることで、賢明な選択をしていきたいと思います。

質疑

休憩を挟んで、質疑や感想交流を行いました。講演内容をさらに深める質問が数多く出されました。

「中学生を広島・長崎の平和記念式典に派遣することを湯沢町に求めているが、なかなか実現しない。どうしたらよいか。」との質問も出されました。

上越市でも中学生派遣事業の人数が減らされたものの、市民から批判の声が出されたことで派遣人数が元通りになったことなどをお伝えしました。また長崎の人権擁護大会で高校生平和大使の活動を聞いて感動したことをお話し、「若い世代の方が一人でも二人でも問題意識を深め、活動に加わってくれたらこれほど貴重なことはない。ぜひ実現してください」とお応えしました。

ブログ報告で先を越される

湯の町湯沢平和の輪は、長年にわたりブログをアップしていらっしゃるのですが、今回の講演についてもさっそく記事をアップしてくださっていました。

この日は、妻の体調が悪く、ワンオペ状態。朝食を準備し、お弁当3人分を作り、3人を習い事や模擬試験のために送迎(片道30分)し、洗濯機を2回回して、この講演に行き(片道2時間)、帰ってきて夕食を作るというなかなかのハードスケジュールだったのですが、講演のつかみとしてそのことにちょっぴり触れたところ、「決して家庭生活を疎かにしないお人柄」と持ち上げてくださいました笑。

行き帰りの険しい雪道。晴れていて助かりました。

講演で受けた刺激と励みも原動力にして、引き続きがんばっていきたいと思います。