『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」。
2020年9月30日付に掲載された第93回は、「SNSでの誹謗中傷について」です。
人権(名誉権、プライバシー権等)と人権(表現の自由)とが直接的に衝突する難しい問題について篤子弁護士が書いています。「公人の公的事項、公人の私的事項、私人の公的事項、私人の私的事項等、類型化して検討する見解とかもあってそういう緻密な議論が望ましいと思うんだけど、文字数の関係で触れられなかった」とのことです。きめ細かい利益衡量が必要な上、正当な表現が委縮してしまわないようにするための慎重な配慮も求められるので、本当に難しいですね。
SNSでの誹謗中傷について
1 ホリエモン騒動
実業家のホリエモンこと堀江貴文さんが、飲食店への入店時にマスク着用を巡って店側とトラブルとなり、そのことを批判的にSNSに投稿したところ、店へのいたずら電話や口コミサイトへの悪質な書き込みが相次いだことなどから、店側が堀江さんに対して法的措置を検討しているなどと述べて応酬したことがインターネット上で話題になっています。
飲食店への入店時のマスク着用ルールの是非については今回は触れませんが、店側が、堀江さんのSNSの投稿について、悪質な誹謗中傷に当たり、刑事罰や慰謝料の対象になるはずだと訴えている点に着目して、今回はSNSでの誹謗中傷について書いてみたいと思います。
2 SNSでの誹謗中傷への対策
今年5月に、リアリティ番組に出演していたプロレスラーの女性が、SNS上で激しい誹謗中傷を受けた挙句、亡くなるという痛ましい出来事が起きたことがきっかけで、
SNSでの誹謗中傷対策のあり方に関心が集まるようになりました。
政府においても、総務省や法務省で検討が進められ、今年9月には、総務省から、官民が連携して取り組むべき課題を整理した「インターネット上の誹謗中傷への対応に関する政策パッケージ」が公表されました。
上記パッケージの内容を簡単にまとめると、「利用者に対する啓発活動」「事業者の自主的な取り組みの支援・促進」「発信者情報開示手続の改善」「相談対応機関の充実」の4本柱となっています。
これに基づき、今月17日には、インターネット上の誹謗中傷に関する注意事項などをまとめた「インターネットトラブル事例集(2020年版)追補版」が公表され、SNSの投稿や再投稿(いわゆるシェアやリツイート)で個人を攻撃する問題点や誹謗中傷被害の対処方法などが解説されています。
なお、この事例集には、誹謗中傷の問題を含め20種類のインターネットトラブル事例について問題点や対応策が解説されており、「インターネット違法・有害情報相談センター」など、公的な相談窓口も紹介されています。総務省のWebサイトからダウンロード可能ですので、新型コロナ感染者への誹謗中傷も問題となっている昨今、この機会にご家庭に1つ備えておくと良いかもしれません。
3 悩ましいのは
話が少し横道に逸れましたが、この問題の一番の難しさは、何をもって誹謗中傷というのか、正当な批判や論評との線引きはどのように行うのか、その明確な判断基準を設けることが難しいということです。冒頭のホリエモンの件についても、SNS上では様々な意見が飛び交っています。
SNSでの言論については、単に被害者保護を強化すればよいというものではなく、同時に、表現の自由とのバランスを十分に考える必要があり、慎重な検討が必要となります。政府の研究会でも基準については示されず、今後議論を深めるべき課題として残された形です。
ほかにも、正当な批判の範囲内といえる投稿であっても、大量かつ反復継続的に投稿が行われることで投稿された本人が心理的、社会的、経済的に大きなダメージを受けることがあり、そのようなケースにどう対応するのかという問題もあります。
また、違法な誹謗中傷を受けた場合、現在の制度では、被害者が個別に投稿の削除請求を行ったり、投稿者への損害賠償請求を行ったりする必要があり、大量の投稿がある場合、それらの手続を行う被害者の負担が大きすぎるという問題もあります。
総務省などでの議論や上記政策パッケージをみると、総合的な対策を行う必要性があるものの、結局、最も重要なのはSNS利用者のリテラシーだろうということで、なるべく国が介入しない形でこういった問題が解決されるように促そうとしているように見えます。
自粛と萎縮の線引きを国民に委ねるのはコロナ問題と同じ構図ですが、良くも悪くもそれがこの国のスタイルなのだなと改めて思いました。そして、それが過剰な「自粛の押しつけ」になり、息苦しい社会を生み出していきがちなことをコロナ問題で痛感した私たちは、SNSでの言論の場面でも同じようなことが起こらないよう、少し意識しておく必要があるのではないかと感じています。
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