つれづれ語り(ボーダーラインを決めるのは誰か)


『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」.

2020年8月5日付に掲載された第89回は、「ボーダーラインを決めるのは誰か」です。
篤子弁護士が、新しい製品との付き合い方について、オリジナルの視点から書いています。効用と安全性の両方に目を向けるというのは、新型コロナウイルスのワクチンとか新薬とかについても同様のことが言えますね。

ボーダーラインを決めるのは誰か

1 ドアに欠陥はあったのか

司法修習生の頃だったか裁判官の頃だったか、その昔、子どもがドアに手を挟まれ怪我をして後遺症が残ったとして、その親がドアを設置した会社等に対して損害賠償を請求した裁判を扱ったことがあります。裁判の争点はそのドアに「欠陥」があったかどうか。そのドアは立地や建物の構造の影響により風圧がかかりやすく、通常のドアより重みのある素材が使われていました。風圧で勢いよく閉まる際に手を挟めば確かに怪我をしやすそうでしたが、手を挟まないような装置はとくに付いていませんでした。

と、ここまでは証拠である程度分かるのですが、問題はこの先。それがドアの「欠陥」なのかどうかというと、結構判断が難しいなと思った記憶です。みなさんは、どう思われるでしょうか。

2 製造物責任法の「欠陥」とは

ある製品が原因で問題が起こったとき、それが製品の欠陥のせいなのか、それとも使い方に問題があったのか。そのボーダーラインはどこで引くべきでしょうか。

製品の欠陥が原因で損害が生じた場合に製造業者等に損害賠償責任を負わせる法律の一つに、製造物責任法があります。同法は、「欠陥」について、当該製造物の特性、その通常予見される使用形態、その製造業者等が製造物を引き渡した時期その他の当該製造物に係る事情を考慮して、当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいうと規定しています(同法2条2項)。「こういう製品なら通常はこれくらいの安全性を備えているものだよね」というレベルをクリアしていなければ「欠陥」となり、「そこまでは求められていないんじゃない?」という話なら「使い方」の問題になります。どこまでの安全性が求められているかは、「どういう製品で、どういう使い方が想定されているのか」といった様々な事情を考慮して総合的に判断するということです。

3 包丁は危険だが欠陥ではない

包丁を例にとってみましょう。包丁はどの家庭にもある必需品ですが、少し見方を変えれば殺傷能力の高い製品です。ちょっと刃先を触っただけで怪我をしますし、人に向かって突き出せば簡単に命を奪ってしまいます。そういう意味では安全性は極めて低い製品と言えます。しかし、私たちは、「包丁とはそういうもので、気をつけて使うことで安全性を確保するもの」と思っています。包丁という製品は、「切っても差しても人を殺傷しないような安全性」を通常有すべきとは思われていないため、そのような安全性がなくても、「欠陥」があるとは判断されないのです。

4 私たちが安全性のルールを決める

新しい製品が開発され、その使い方が製造者から提示されたとき、私たち消費者がどのようなリアクションを取るかは非常に重要なことだと感じます。製品の危険性を見抜き、「その危険は受け入れない。もっと安全性を確保しろ」と言うのか、それとも「そういうものとして受け入れ、気をつけて使おう」という態度を取るのかによって、「通常有すべき安全性」のボーダーラインは変わってくる可能性があるからです。

昨今、テクノロジーの飛躍的な発展により、食品、医薬品、家電、自動車等さまざまな分野において、これまで見たことも使ったこともないような新しい製品が次々に生み出されています。目新しくてワクワクする、面白そう、便利そうだと思う反面、使い方を誤ったり悪用されたりしたら怖そうだと思うものも少なくありません。何かが起きたときに「商品は良い物だし、みんなに受け入れられている。何か起きたとしてもそれは使う側の問題だ。」として消費者側に責任が押しつけられないように、私たちには何ができるでしょうか。

まずは、製品の特性についてよく知ること、特に効用と、安全性の両方に目を向け、それらが分かちがたく結びついているのか、それとも効用を維持しつつより安全性を高めることができるのかといった点を見極めることが大切ではないかと思います。


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