『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」。
2018年9月12日付に掲載された第42回は、「裁判官とツイッター」です。
昨日、分限裁判の審問期日が開かれました。その後の記者会見で、岡口裁判官は、「ありえないことが起きている」「戒告なら法治国家とは言えない」と語っていますが、ほんとにその通りだと思います。
表現の自由や私たちの知る権利にも関わる重要な裁判ですので、多くの皆さんに関心を持っていただきたいと思います。
裁判官とツイッター
1 めぐちゃん事件
「ある朝,よく行く公園に濡れて衰弱した犬がつながれていました。しばらく待っても飼い主は現れません。仕方なく警察に届け出た上で連れ帰り飼うことにしました。3カ月ほど経ったある日,元の飼い主が現れて「返してほしい」と言います。話を聞くと,同棲中の彼が犬嫌いで勝手に捨ててしまったとのこと。彼に嫌われるのが怖くて引き取りに来られなかったと。「今さら何を言うんだ」と返すのを断ったら返還と慰謝料を求める裁判を起こされました。さて,この裁判の行方はいかに?」
2 SNSで懲戒?
これは,置き去り犬「めぐちゃん事件」として少し前に話題となった事件です。いま,この 裁判に関する記事をツイッターで紹介した東京高裁の岡口基一裁判官の行為が「訴訟の当事者(元飼い主)の感情を傷つけた」として、東京高裁の長官が最高裁に対して岡口裁判官の懲戒を求める分限裁判を起こしたことが大きな波紋を呼んでいます。
3 一目置かれる存在
岡口裁判官は、日頃から社会の関心を集めそうな裁判や司法関連の情報を積極的にSNSで紹介していました。幅広い情報提供には定評があり、多数のフォロワーがついています。また法曹向けの書籍も多数執筆し、法曹界のベストセラー作家としても知られています。マッチョな肉体が自慢で上半身裸の写真をSNSに掲載し「白ブリーフ裁判官」と呼ばれるなど何かと世間を賑わしてはいますが、その高い能力と仕事ぶりに法曹界では一目置かれる存在です。
4 司法に対する信頼
分限裁判にまで至ったのは,岡口裁判官の投稿を目にした元飼い主からのクレームが発端だったようです。元飼い主にとっては私的なトラブルが世間の目に晒されるのは耐え難いことでしょうし、裁判官がそれに加担していると思えば怒りが湧くのも当然でしょう。東京高裁長官は、このような事態が繰り返されれば司法に対する国民の信頼を損ねると考えたものと思われます。
私も、裁判所での経験から、「司法権の力の源は国民の信頼にある」という感覚や、裁判官は、たとえ私的な領域であっても司法への信頼や判決の説得力を損なうような言動は慎むべきだという感覚は理解できます。
5 裁判官の権利に対する制約
しかし、だからといって裁判官の表現の自由(憲法21条)や私生活でSNSを楽しむ権利(憲法13条)を闇雲に制約していいことにはなりません。
また、事情に精通している現職の裁判官による情報提供や意見表明は、国民にとっては裁判官の視点に触れ、紛争の予防や解決に役立てられる貴重な機会であり、国民の知る権利(憲法21条)に寄与するものです。裁判官のSNS利用の制約によって被る国民の側の不利益も無視することはできないでしょう。
6 プライバシーや名誉権との関係
そもそも裁判は「公開」(不特定かつ相当数の者が自由に傍聴できる状態)で行うことが原則(憲法82条1項)ですから、裁判の内容が一定程度世間に知られてしまうのはやむを得ないことです。岡口裁判官は「めぐちゃん事件」を担当していた訳ではなく、一般の方が書いたネット記事を紹介しただけですので不当にプライバシーを暴露したわけではありません。
また、岡口裁判官が紹介した記事は、元飼い主への批判的なトーンではあったものの、誹謗中傷や虚偽の内容を含むものではありませんでした。裁判も終了しているのですから、中立性を厳しく求める理由もありません。
岡口裁判官の行為が懲戒処分に相当するとは到底思えず、東京高裁長官の行き過ぎた対応は却って司法に対する信頼を損ねてしまうのではないかと感じます。