知事意見の概要
新潟県の花角知事は、4月8日、「東京電力柏崎刈羽原子力発電所の再稼働に関する新潟県民投票条例案に対する意見」を公表しました。
意見の内容は、以下の2つの項目に分けられていますので、順番に検討します。
- 二者択一の選択肢で再稼働の是非を判断することの適否について、
- 執行上の課題があることについて
二者択一の選択肢で再稼働の是非を判断することの適否について
(1)知事意見の要旨
知事の意見の核心部分は、①再稼働の是非については、国のエネルギー政策上の必要性、施設の安全性、避難計画の実効性、東京電力に対する信頼性など、多岐にわたる観点から議論されてきていること、②地域や国の経済・雇用、気候変動問題にも関わる広範で複雑な問題であることを指摘したうえで、③既に県民から様々な意見が寄せられているが、二者択一の選択肢では多様な意見を把握できないというものです。
(2)住民投票の意義・目的に照らして
しかし、住民投票の意義・目的は以下の3点にあり、もともと「多様な意見を把握する」点にはありません。
- 住民に意見表明を行う機会を提供する
- 投票までの取り組みによって対象となる問題に関する住民の理解が深まる
- 住民の意思を全国、全世界に向けて広く発信することができる
いま、「国策」として柏崎刈羽原発の再稼働が強力に推し進められようとしています。そのために政府から県議会議員に対して秘密裏に働きかけがなされたり(政府が2025年夏の再稼働に向けた工程表を作成していたことを報じる新潟日報記事)、経済団体のトップが相次いで柏崎刈羽原発を視察して早期の再稼働の必要性を強調したり(経団連会長の視察について報じる日経新聞記事、経済同友会代表幹事らの視察について報じるTBSニュース、東京商工会議所会頭の視察について報じる新潟日報記事)、国際機関のトップが柏崎刈羽原発を視察したうえで政府にも早期再稼働を要請したりしていることが報じられています(IAEAトップの視察について報じるNHKニュース)。
このように、「全体の都合」が強調され、地元自治体にのみリスクが押しつけられようとしている状況の下で、県民が意見を表明することには、極めて重大な意義があります。国が特定の地域を狙い撃ちにすることを防ぐために規定された憲法95条の趣旨に照らせば、県民投票はむしろ実施されるべきものと言えるでしょう。
このような住民投票の本来の目的や意義については何ら触れることなく、それとは別のものを持ち出してきてその点が不十分などといってケチをつけるのは、極めて不当であり、不誠実です。
(3)多様な意見を把握する方法はたくさんある
また、「多様な意見を把握する」ための方法としては、公聴会、アンケート、パブリックコメントなどが考えられます。デジタル技術が飛躍的に発達した現代では、その気になれば「多様な意見を把握する」方法は他にいくらでもあるでしょう。
いずれにせよ、「多様な意見を把握できない」ことは、県民投票を実施しない理由にはなり得ません。
(4)まとめ
知事は、意見の冒頭部分で、短期間に14万3000余筆もの署名が集まったことについて「大変重く受け止める」としています。しかし、今回公表された知事の意見は、たとえて言えば「あそこのカレー屋さんは確かにおいしいが、そこに行ってもラーメンを食べることはできない」と言っているようなものです。本当に重く受け止めているのであれば、このように透かした意見にはならないのではないでしょうか。
署名した14万3000人余の県民は、県知事の指摘を受けるまでもなく、原発再稼働が多岐にわたる観点から議論されている、広範で複雑な問題であることは重々承知の上で、二者択一での意見表明を求めている訳です。その思いを真摯に受け止めて、誠実な意見を出していただきたかったと思います。
執行上の課題について
執行上の課題については、主に2つの点が指摘されています。1つは、公務員の政治的行為を制限する法令に抵触する可能性があるという点があるという点で、もう1つは、開票事務の主体が整理されていないという点です。
これらは実施するうえでの課題ということなので、それを以下のような方法で解決すればよく、県民投票を実施しない理由にはなりません(知事も実施しない理由として挙げている訳ではないと思われます)。
(1)公務員の政治的行為を制限する法令に抵触する可能性があるという点について
知事は、「何人も」県民投票運動を自由に行えるとする条例案の条項が、公務員の政治的行為を制限する法令に抵触する可能性があるとしています。
規定の性質に照らすと、条例によって法律の制限を緩和しうるものではないため、原案の文言でも問題はないものと思われます。
ただ、誤解を招かないようにするために、「何人も」を削ることもあり得るとは思います。沖縄の県民投票条例でもそのように規定されています。
(2)開票事務の主体が整理されていないという点について
知事は、開票事務を知事が行うのか選挙管理委員会が行うのかについて整理されておらず、条例案の規定では市町村の協力を得ることができないとしています。
開票事務について県が市町村の協力を得るための方法には、以下の3つがあります。沖縄の県民投票では、1.の方法により実施されており、今回も同様の方法によることに大きな問題があるとは思われません。ただ、3.の方法による方が適切との意見もあるため、そちらに変更することもあり得ると思います。
- 条例による事務処理特例制度(地方自治法252条の17条の2)
- 地方自治法の事務の委託(同法252条の14)
- 事務の代替執行(同法252条の16の2)
この点については、鹿児島大学の宇那木正寛教授が『自治体法務研究』で、鹿児島大学の宇那木正寛教授が「住民投票制度の現状と課題①~③」としてまとめて下さっています。
県議会での議論に注目しましょう
知事の意見は、以上に述べたとおり、非常に不誠実で、残念なものでした。しかし議会では、知事の意見に縛られることなく、自由に議論することができます。
条例案の審議は、4月16日から18日にかけて開催される臨時県議会で行われます。
議会は、誰でも傍聴することができます(詳細はこちらのページをご確認ください)。また、インターネット中継(生中継、録画中継)を視聴することも可能です。
1人1人の県議会議員が、私たちの民意を重く受け止め、真摯かつ誠実に議論に臨んでいるかどうか、しっかり見極めましょう。