柳澤協二さんによる講演会『ポスト安倍時代の課題 敵基地攻撃論と日本の安全』*追記あり


はじめに

10月22日(木)、新潟県弁護士会の主催で、柳澤協二さんの講演会が行われました。
ZOOMウェビナーを利用したオンライン講演会ということもあってか、比較的若い世代の方々が多く参加してくださいました。

主催者あいさつ

最初は、新潟県弁護士会会長の水内基成弁護士から、主催者挨拶。

・新潟県弁護士会は、新型ウイルスへの感染防止の観点から、様々なオンライン企画に取り組んでいること。
・「敵基地攻撃能力」は、憲法9条とも深く関わる問題で、年内から年明けにかけて重要なテーマとなるのは間違いないこと。柳澤協二さんは、この問題を学ぶ講師にもっともふさわしい方であること。
・従来は米軍に担ってもらうとしてきた「矛」の役割を自衛隊も担うことになるのか、政府内の議論は現実を踏まえたものになっているか、真に日本の安全に資するものになっているのか、私たち国民の目によるチェックが欠かせないこと。
・新潟県弁護士会は、今日の講演で得られた知見を、憲法講師派遣の活動などを通じて、社会に発信する取組を継続していくこと。

講演を聞いて

「講演の概要」を下にまとめましたが、かなりの分量になったので、感想を先に書いてしまいます。

演題は『ポスト安倍時代の課題 敵基地攻撃論と日本の安全』です。

講演の冒頭で、「ポスト安倍時代をどう展望していくかという大きな文脈の中で、敵基地攻撃論という中核のテーマについて考えてみたい」とのお話がありました。その言葉通り、「敵基地攻撃論」そのものの話にとどまらず、安倍政権が行った政策に対する評価や、そのもとで「敵基地攻撃論」が出てきた背景についても説明がありました。また、米中が覇権を競う現在の世界情勢をどのように捉えるべきか、そのなかで日本の安全保障はいかにあるべきかといった点についてもお話がありました。「敵基地攻撃論」について検討する際には、そのような広がりをもった視点から多角的に考えることの重要性を改めて感じました。

また、「国民のための戦争学」など、その部分だけ取り出してもそれだけで1つの講演となるような重要なテーマが数多くちりばめられており、なかなか他では聞くことができない高度なお話が満載で、知的刺激に満ちた講演だったと思います。

講演の概要

講演の全体像は、こちらです↓。

*10月30日付追記
講演で使用されたパワーポイントをPDFにしたものはこちらからダウンロード可能です。また、講演の録画はこちらからご覧いただけます。

第1 安倍政権の終わりが意味するもの

1 ポスト安倍時代の課題

まず、「安倍時代」とは何だったのかというお話。

アベノミクスと借金財政。世論操作と政治不信、それらの結果としての社会の分断。
外交・安全保障政策では、「対米一体化」が強力に進められた。よく「対米従属」という言葉が使われるが、この「対米一体化」は、必ずしも「従属」一辺倒ではない。「一体化」が進められる背景には、自尊心とコンプレックスがないまぜになった心理状態があったのではないか。

このようななかで、新たな社会的合意をどうつくるかということが、「ポスト安倍時代」の根源的課題。

第2 安保政策の変化

1 安倍政権における安保政策の変化

集団的自衛権や米艦防護は、「米軍を守るための一体化」。
敵基地攻撃は、「米軍と攻めるための一体化」。

背景にあるのは、中国の台頭(中国脅威論)と、北朝鮮の核・ミサイル開発。
動機は、「対米対等化」。但し、その実態は「対等化」ではなく「一体化」。

問われているのは、同盟のジレンマ。
「見捨てられ」ないために、「巻き込まれ」を選択する。これでよいのか。

2 中国ミサイル脅威と米戦略の変化

(1)Air-Sra Battle構想

これまで米軍が採用していた「エア・シー・バトル構想」は、中国ミサイルの「射程外から報復する」という戦略。
ただ、中国本土への攻撃は政治的に困難。
また、報復段階に入るまでは、中国を止められないという問題。
さらに、地上部隊の出番がない点も問題とされた。

(2)アジア太平洋軍の全領域作戦

そこで、クロスドメイン(全領域)作戦へと切り替わった。これは、中国ミサイルの「射程内で戦う」作戦。
そのために、グアムの基地を守る統合ミサイル防衛や、長距離精密攻撃ミサイルの配備などが行われている。また、大規模基地・空母等はミサイルの標的となりやすいので、拠点を小型化・分散化、無人化する方向にシフトしている。

この作戦の日本にとっての問題点は、日本(周辺)が戦場になるということ。

3 専守防衛からの逸脱

(1)専守防衛という戦略思想

専守防衛というのは、単に「先に攻撃しない」ということではない。
戦略思想は、攻撃に対しては抵抗するが、「戦勝を求めない」という点にある。そのことによって、日本を脅威と感じさせず、「戦争の動機を与えない」ことがポイント。

(2)米軍との一体化に潜むリスク

米軍は、恐怖を与えることによる抑止力。
この米軍と「一体化」してしまうと、日本も「戦争の動機」となってしまう。

日本の安全の前提は 大国間の安定だった。
大国間の関係が不安定になっているもとで、専守防衛を投げ捨てるのはリスクが大きい。

第3 陸上イージスから敵基地攻撃へ その背景

1 陸上イージスの無理はどこにあったか

(1)断念の理由についての疑問

ミサイルが落ちるのを防ぐ場面での話。本来ブースターの落下は問題とならないはず。PAC-3でも、ブースターは落ちる。

ブースター落下回避のための改修費用4000億円も、以下の「代替手段」との対比で高額とは言えない。
・イージス艦(1700億×6)
メンテナンスや訓練のためにローテーションが必要となるため、常時2隻配備するためには、6隻必要。イージス艦1隻1700億円として、6隻だと1兆0200億円かかる。
・敵基地攻撃(100億×∞)
敵基地攻撃を行うためには、100億円の衛星や無人偵察機を大量に保有する必要。

(2)陸上イージスがもともと抱えていた問題・限界

・極超音速兵器に対応できない

通常のミサイルは、ブースターが切り離された後は、基本的に物理法則に従う。迎撃ミサイルは、ブースト段階終了時点で、その後の軌道を算定・解析した予測に基づいて迎撃する。

しかし、極超音速滑空体は、ブースターから切り離された後、高速できりもみ滑空することから、軌道の予測が極めて困難。導入予定だったイージス・アショアのシステムでは対応しきれない。これが本当の断念の理由なのではないか。

・トップダウンで、導入ありきだった

グーグルアースの地形データをそのまま流用した誤りは、自衛隊が高度の測量能力を有していることに照らせば、およそ考えられないレベルの失態。

(3)地元説明

地元自治体に対しては、電波障害のことしか説明していない。
しかし、本来は「有事に標的となる」リスクを説明すべき。

2 敵基地攻撃論の陥穽~ミサイルからの安全とは?

(1)敵基地攻撃の論理への疑問

・報復を招く

ミサイルを落とせない。それなら発射前に叩こうというのが敵基地攻撃の発想。
ただ、100%叩けなければ、確実に報復が来る。そして、100%叩くのは現実的に不可能。

・先制攻撃(国際法違反)となりかねない

かつては、ミサイルの発射準備で液体燃料を注ぐのに数十分かかった。その時点で例えば「東京を火の海にする」といった宣言がなされたりすれば、日本に対する攻撃と判断することも可能であったかも知れない。
しかし、いまは固形燃料をトラックに積んで移動する。発射準備にかかる時間は大幅に短縮されている。準備段階で日本に対する攻撃と断定するには、確度の高い情報が入手できない限り難しい。
断定できない状況で敵基地攻撃を行えば、国際法違反の先制攻撃ということになりかねない。

(2)ミサイルは攻撃優位、100%防衛は不可能

なぜミサイルを撃つかといえば、先に攻撃する動機があるから。
100%防衛が不可能であるなら、「動機」をなくす方が確実。

第4 米中対立と日本の立ち位置

1 日本をめぐる戦争の動機(なぜミサイルがくるか?)を考える

北朝鮮の発想は、米国に滅ぼされるのが怖いというもの。

中国は、台湾や南シナ海への米国の介入を防ぎたいという発想。
これは日中間の固有の抗争ではなく、アメリカと中国の覇権抗争。
米軍と一体化するということは、その覇権抗争に巻き込まれるということ。

尖閣は、日中間の固有要因。
しかし、尖閣を巡って戦いをすれば際限のない消耗戦となる。
紛争が拡大しないように対応しつつ、米の仲介による講話が必要。
アメリカに期待されるのは仲介者としての役割。当事者性を高める「一体化」は方向性が違う。

2 米中対立のはざまで

(1)「新冷戦」は冷戦とは異なる

米ソの冷戦は、経済的な依存関係がなく、統治システムも対立的で、妥協の余地はなかった。
両国が戦えば核の応酬になる。そのことが相互抑止につながり、共存・安定が模索された。

トランプ政権は米中の「新冷戦」と言っているが、これとは異なる。中国の経済はV字回復しているが、中国のマーケット抜きにアメリカ経済が回復できるかというと疑問。また、中国は「アメリカを変えよう」とは思っていない。このため、米中の間には、核の応酬に至る構造的動機は見あたらない。

(2)南シナ海・台湾周辺で軍艦の対峙

米中の軍艦が対峙する状況が生じており、衝突のリスクがある。
この状態で自衛艦が米艦防護を行えば、巻き込まれのおそれがある。
自衛隊は昨年14回米艦防護を行っている。場所は公表されていないが、もしこれらの海域で行っているのだとすると非常にリスクが高い。

3 抑止力一辺倒の危うさ 抑止力で片づけてよいのか 思考停止しているのではないか

(1)抑止・・・「能力×意思」を相手国が認識して我慢する

抑止のためには、「何を抑止したいと考えているのか」が相手国に伝わることが必要。
他方で、相手国にとって「我慢できないこと」を抑止することはできない。
中国にとって台湾独立は我慢できないから、抑止が不安定化する。

(2)米中戦争が日本にとって最悪のシナリオ

米中戦争の戦場は、日本。
日本にとっての最優先課題は、戦争に勝つことではなく、戦争を防ぐこと。

(3)大国ではない日本の立ち位置

米中関係の安定を望む。
他の地域諸国との連携。日韓関係の改善は、その意味からも必要。

第5 国民のための戦争学

1 戦争の本質

(1)戦争の本質 暴力による国家意思の強制 妥協か打倒か

戦勝が解決ではない。勝ったとしても、相手国が「次は勝つぞ」となってしまうのではダメ。
相手の納得が得られないと平和は訪れない。

(2)意思の実現方法は暴力だけではない 強制か、自分の妥協か

目的は、国家意思の実現。
意思の実現方法は、暴力だけではない。
戦略の要諦は 身の丈にあった目標の選択。

(3)戦争要因=利益、名誉、恐怖

経済的利益のための戦争は、現代では合理性がない。
グローバル化が進む中、アイデンティティー喪失の危機が広がっている。そうした状況では、他者(宗教、人種、ナショナリズム)を排斥することで自己満足を得るのが一番手っ取り早い。
合理性(コスト意識)と名誉(国民感情)の相克をどう乗り越えるか。

2 戦争をどう止めるか 戦争の仕組み

(1)抑止=倍返しの脅しによる戦争意思の抑圧

脅しで抑えこもうとすると相手も強くなる。これが安全保障のジレンマ。
安保法制は戦争という抑止の「手段」を可能にする法、なので「戦争法」と呼ばれる。
他方で「目的」は戦争の抑止だから、「平和安全法制」とも呼ばれる。両者はコインの裏表。
抑止による平和(戦争がない)と、和解による平和(戦争の心配がない)の、どちらがより望ましいか。

(2)戦争をつくるもの=国民感情、政治目的、軍隊の強靭さ

中心は国民世論の動員。
民主主義のパラドクス、戦争危機をあおると政権支持が上昇する危うさ。

(3)戦争は政治の選択 政治は国民の選択

回りくどく思えても、国民の自覚しかない。

3 戦争を他人ごとにしないために 戦争と人間性

(1)私の戦争哲学 イラクの教訓から

一人の戦死者も出なかったが、仮に隊員が死んだ場合、隊員の親に何と言うのか?
①無駄な戦争をしない
②自分が欲しないことを他人にやらせない

(2)戦争は国家の行為 戦場に行くのは人間

個人なら殺人。国家なら英雄。
生き残った兵士のトラウマ。イラク戦争に行った兵士は、相当な割合で人格障害・PTSD。
一人の人間として、殺し殺される場所に人間を送り込むことをどう捉えるべきか。

第6 これからの課題

1 ポスト安倍 地に足の着いた憲法論議を

(1)国防の本質からズレた論点

国防の本質は、憲法に体現された国家像を守るということ。「国民の命を守る」ということではなく、国家を守る。そのために、時には国民に犠牲を求める。だから、国民の命を守るために憲法(国家像)を変えるというのは、本末転倒。

「憲法を守る」という場合、何を守るのか。そのための犠牲はどうするか。

(2)国民と自衛隊

「危険を顧みず・・・責務の完遂に努め、国民の負託にこたえる」(自衛隊員の宣誓)
主権者として自衛隊員に何を負託するのか。

2 コロナ禍のなかの気づきと課題

(1)日本社会の脆弱性 社会設計に欠陥があるのではないか

マスクの不足、失業者の増加など、利益を生まない部分を極限まで削ってきたことによる脆弱性、欠陥があらわになった。

(2)政治の説明責任

専門家が指摘したリスクを、国民と共有できるか。
政治としてどうするか。自粛要請をもう一度することは可能なのか。

(3)自粛のなかの気づき

「#検察庁法反対」のアクションや、「あなたの身に起きていないからと言って、何も起きていないことではない」という大坂なおみ選手のつぶやきを見て受けた感銘。