つれづれ語り(知の危機)


『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」。

2020年10月14日付に掲載された第94回は、「知の危機」です。

日本学術会議の会員任命拒否問題に関連して、学問の自由などについて書きました。

知の危機

日本学術会議の活動

総理が一部の会員の任命を拒否したことが問題となっている「日本学術会議」のウェブサイトを見てみたところ、活動内容の充実度に驚かされた。

『人文・社会科学』、『生命科学』、『理学・工学』という3つの「部会」、分野別や議題別の「委員会」、専門分野を横断した課題に関する「分科会」があり、それぞれから数多くの政策提言がなされている。テーマは、ゲノム編集、ロボットAI、自動運転、感染症対策、災害対策、人口減少、超高齢化社会、マイクロプラスチック、原子力安全規制等々。日本社会が抱える問題や、最先端技術に関わる問題に関するものだ。今年なされたものだけでも70近くに上る。

また、海外の研究者との連携や国際会議の開催や派遣など、国際活動も充実している。「学者の国会」という呼び名に相応しい活躍ぶりといえるだろう。

憲法23条が保障する内容

学問の自由を保障する憲法23条は、日本国憲法のなかでもっとも短い条文だが、そこには多くの意味内容が含まれている。

「学問研究を行う自由」はもちろんのこと、「研究成果を発表する自由」や「研究内容を教授する自由」もこの規定で保障される。また、学問研究の拠点である大学の自律性や独立性、すなわち「大学の自治」をも保障するものと解されている。

憲法19条(思想良心の自由)や憲法21条(表現の自由)とは別個に23条が定められたのは、「個々人がそれぞれに学ぶ自由」のみならず、「学問共同体で共に学ぶ自由」を保障することが必要であると考えられたことに基づく。学問共同体の典型は大学であるが、各種の学会や、今話題の日本学術会議もこうした学問共同体であり、憲法23条の保障が及ぶものと考えられる。

独立性・自律性を確保する必要

学問研究の成果は、これまで社会の維持・発展に役立てられてきた。ただ学問は、ときに既存の秩序や価値観の変革を促したり、従来の政策の転換を迫ったりすることもあるため、社会や政治権力からの批判や反発を招きやすい側面も有している。

学問の目的は、真理を探究することにあり、これは多数決原理とは本質的に相容れない。また、研究成果は知的営みの積み重ねの結果として得られるものであるから、「経済的合理性」があるかどうかといった近視眼的な発想から論評すること自体ナンセンスである。

学問が多数決原理や経済的合理性の視点でゆがめられてしまえば、結果的に社会の発展を遅らせることにもなりかねない。このため、外部からの様々な圧力で真理が歪められたり、探究が阻害されたりすることのないように、学問共同体の独立性や自律性をしっかり確保する必要がある。

学術会議が「優れた研究又は業績のある科学者」(日本学術会議法17条)として推薦した会員候補について理由も示さずに任命を拒否することは明らかに違法であり、論外の暴挙であるが、学問の自由の重要性や特質に照らせば、安易に行政改革の対象とするようなことも慎むべきである。

学問に対する姿勢

近年、我が国では若手研究者が激減しているという。文科省の調査によれば、大学院の修士課程から博士課程への進学者が、ピーク時である2003年度の約1万2000人から、昨年度は約6000人へと半減した。十分な研究を行う環境が保障されていないために、研究者への道を諦めたり、海外の研究機関に所属する道を選ぶ人もいる。ノーベル賞受賞者が、受賞後のインタビューで決まって基礎研究の重要性を説き、学問・研究費用の減少に危惧を表明する。それでも状況が改善されない国に未来はあるのだろうか。

現在世界は、地球温暖化による気候危機や核兵器の拡散など、人類の存亡に関わる重大な問題を抱えている。そうした問題を乗り越えて持続可能な社会をつくっていくためには、人類の英知を結集して事に当たらなければならない。そのような状況下で真理探究のための知的営為を軽んじることほど愚かなことはなかろう。


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