つれづれ語り(相続預貯金の払戻しと遺産分割)


『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」。

2020年7月8日付に掲載された第87回は、「相続預貯金の払戻しと遺産分割」です。相続預貯金の払い戻しに関し、民法改正により具体的にどこがどう変わったのか、篤子弁護士がわかりやすく解説しています。

相続預貯金の払戻しと遺産分割

1 遺産分割前でも払い戻せる

昨年7月に、故人名義の銀行口座等からの預貯金の払戻しについて、大きな変更がありました。通常、金融機関は、口座の名義人が亡くなったことがわかると、遺族による遺産分割と相続手続が終わるまで、口座を凍結してしまいます。そのため、残された遺族が、葬儀費用や病院代、生活費などを引き出せずに困ってしまうという問題がありました。そこで、民法を改正して「遺産分割前の預貯金の払戻し制度」を作り、金融機関ごとに一定の金額までは(預貯金総額の3分の1×法定相続分。ただし上限150万円。)、遺産分割前でも各相続人が単独で払い戻せるようにしたのです。

2 払い戻したお金の扱い

この話は、昨年7月の改正法施行後、各種報道や広報で目にした方も多いかもしれません。では、上記制度によって預貯金の払戻しを受け、葬儀費用や病院代、相続債務などの弁済に充てた場合、後の遺産分割にどのような影響があるかはご存知でしょうか。実は、改正法には、払戻しがされた預貯金については、その払戻しを受けた相続人が遺産の一部分割によりこれを取得したものとみなすと規定されています(民法909条の2後段)。つまり、遺産の先取りのような形で、その相続人が遺産の一部をもらった扱いになると規定されているのです。しかし、葬儀費用や病院代などの支払いに充てたのに、自分が取得したものとみなされて後の遺産の取り分が減らされるのは納得がいかないという方が多いのではないでしょうか。

3 裁判所の扱い

この問題を家庭裁判所はどのように扱っているのでしょうか。結論から言うと、「故人のために」あるいは「相続人全員のために」預貯金を使ったということについて、他の相続人の理解が得られるか否かによって扱いは変わります。もし、他の相続人の理解が得られた場合には、遺産全体からの支出と扱われ、残りの遺産を相続分に応じて分けることになります。一方、他の相続人から「使い込んだのではないか」と疑いをもたれてしまったような場合には、預貯金の払戻しを受けた相続人がその使い途を領収書など資料によって明らかにできない限り、自分が取得したものと扱われ、その分、遺産の取り分が減ることになります。

例えば、母親が亡くなり、兄・妹の2人が相続人となった場合を例にとってみましょう。遺産の預貯金が1000万円あり、遺産分割前に兄が2つの金融機関から合計300万円の払戻しを受けた場合、前者であれば、700万円を2分の1ずつ分けることになるのに対し、後者であれば、1000万円を2分の1ずつ分けた上、兄は500万円のうち300万円はすでに自分のために取得したものとみなされてしまうのです。

4 トラブルを防ぐために

このような事態を防ぐためには、払戻しの際は、あらかじめ他の相続人の了解を取っておくことが大切です。それが不可能な場合でも、後日にきちんと説明できるように、払い戻した預貯金を何に使ったかを領収書などを添付した上で明細表に残しておくことが大切です。葬儀関係では領収書が発行されない出費も多く、後で他の相続人に使い途を説明できずに苦い思いをするケースも少なくないため、明細表は可能な限り細かく記載するとよいでしょう。


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