『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」。
2020年4月29日付に掲載された第83回は、「公立・公的病院の再編・統合計画見直しを」です。
新型コロナウイルス感染症により各地で医療崩壊が起こりはじめています。経済財政諮問会議が事実上の司令塔となって強引に病床削減を進めようとしてきたことの弊害が表れています。医療は人の命に直結する問題なので、狭い意味での経済合理性や効率性だけで判断するべきではありません。現場の声に耳を傾けつつ、多角的・総合的な視点から構想の見直しを行うべきだと思います。
公立・公的病院の再編・統合計画見直しを
「地域医療構想」
国は、2014年に医療介護総合確保法を制定して以降、「地域医療構想」の取りまとめを進めてきた。高齢化の進行に伴って医療需要が急激に高まることに対応するための構想だ。目標年限は、いわゆる団塊の世代がすべて75歳以上となる、2025年に設定されている。
この構想では、「効率的な医療体制を実現する」ために、①現在ある病床を医療機能に応じて「高度急性期」「急性期」「回復期」「慢性期」の4つに区分する、②医療圏ごとに2025年時点における各病床の必要数を推計する、③現在ある病床の種類を転換したり病院を再編・統合したりすることを通じて各病床の必要推計値に近づけていく、といった段階が想定されている。
これにより、高齢化に伴って需要増が見込まれる「回復期」及び「慢性期」の病床を増やすことになるものの、それほど需要が見込まれない「高度急性期」及び「急性期」の病床をそれ以上に減らすことができることから、病床の総数としては約13万床削減されることとなる。医療費の増大を可能な限り抑えることも可能になるという訳だ。
国による強い圧力
「地域医療構想」の策定主体は都道府県であり、医療機関を交えた「地域医療構想調整会議」で協議しながらそれを実現していくとされている。
「地域医療構想」自体は2016年度中に全都道府県で策定されたものの、その後の実現過程がなかなか進まないことから、国は「具体的議論の促進」を繰り返し求めてきた。昨年9月には、「再編・統合の議論が必要」な医療機関として、424の公立・公的病院名を記載したリストを公表し、2020年9月までに余剰病床の削減計画を提出するよう求めた。
画一的・形式的な基準
構想を策定しながら「余剰病床」の削減を進めようとしない都道府県や医療機関の側に問題があるのだろうか。
しかし、現場からは、病床数という単一の形式的な基準だけで医療需要を捉えようとすることに無理があるとの声が上がっている。公立・公的病院は、採算が厳しく民間の医療機関では担うことが困難な僻地医療を行ったり、災害拠点病院となったりするなど、地域において不可欠な役割を果たしている。地域経済への貢献も無視できない。統廃合となれば、医療体制への不安から人口が流出し過疎化が進行してしまう懸念もある。上越地域で前記リストに挙げられた、上越地域医療センター病院、新潟労災病院、県立柿崎病院などを思い浮かべれば、いずれも頷ける指摘だ。
地域の医療基盤はいったん失われてしまえば、それを取り戻すことは事実上不可能である。効率性だけで判断するのは危うすぎるだろう。
国際比較でも
国際的に見ても、日本は医療資源が多いとは言えない。臨床医は人口1000人あたりわずか2.4人であり、OECD(経済協力開発機構)加盟国の中で下から4番目である。日本の医師は、過労死レベルの週55~80時間という過酷な労働で、医療需要に対応している。
また、ICU(集中治療室)の病床数は、人口10万人あたり5床程度しかない。アメリカの7分の1,ドイツの6分の1,イタリアの半分以下だ。新型コロナウイルスの重症者はICUで治療を受けることになるが、県内には現状でわずか32床しかない。
感染症対策の点からも
そして、感染病床は、1998年には国内で9060床あったが、現在は1869床まで減少している。
「21世紀は感染症との闘い」とも言われる。今後も新たな感染症が発生することは確実だ。感染症病床全体の9割以上を公立・公的病院が担っている現状で、これらの病院の再編・統合を進めるのは自殺行為に等しいのではないか。救えるはずの命が失われてしまう悲劇を繰り返さないためにも、構想全体を根本的に見直す必要がある。
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