つれづれ語り(核のリスクを直視して)


『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」。

2019年8月7日付に掲載された第65回目は、「核のリスクを直視して」です。ここでいう「核のリスク」は、原発ではなく核戦争のリスクです。核兵器・核戦争などと言われると問題が大きすぎて、私なぞは思考停止に陥ってしまうのですが、「誰かにお任せ」では済まない話ですよね。コラムを準備するなかで様々な工夫した取り組みがなされていることを知り、それぞれが自分なりにできることを考えていくことが大切だと思いました。

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核のリスクを直視して

「現在は核戦争のリスクが第2次世界大戦後でもっとも高くなっている」。国連軍縮研究所のレナタ・ドワン所長が、今年5月に発した警告だ。大げさとは言えない事態が進んでいる。

1 「核作戦」

今年6月、米統合参謀総合本部が、戦闘中の限定的な核兵器使用を想定した指針を作成した。『核作戦』というタイトルで、「核兵器は決定的な結果と戦略上の安定を取り戻す条件を生み出しうる」「戦闘の領域は根本から変わり、司令官が紛争でどのように勝利するかを左右するような状況が生み出される」など、核兵器使用の「効用」が強調されている。

東京新聞2019.7.29朝刊より

東京新聞2019.7.29朝刊より

アメリカでは、94年クリントン政権時に作られて以降、政権が変わるたびにNPR(核態勢の見直し)が策定されている。トランプ政権が昨年2月に公表したNPRでは、核使用の条件を緩和して先制核使用も選択肢とする旨や、「使いやすい」低爆発力の核弾頭開発を進めることなどが明記されていた。今回の「核作戦」はこれを土台にした具体的な使用指針という位置づけだ。

「低爆発力」といっても、広島型原爆の3分の1に相当するという。小型化することで核使用のハードルが低下するとすれば、到底見過ごすことはできない。

長崎原爆被災者協議会の田中重光会長は、「核戦争がひとたび起きれば勝者も敗者もない。人々が放射能の被害に苦しむだけだ。核の恐ろしさに関して米軍はあまりに素人同然だ」と批判している。

2 INF全廃条約の失効

今月2日、米ソ冷戦終結の象徴だった中距離核戦力(INF)全廃条約が失効した。地上配備の中距離弾道ミサイル及び巡航ミサイル(射程500~5500キロメートル)の発射実験・製造・保有を全面的に禁止する条約で、1987年にアメリカと旧ソ連との間で結ばれた。

条約の失効を受けて、アメリカは、年内にも新型の中距離巡航、弾道ミサイルの実験を実施する予定で、地上配備型の中距離ミサイルを在日米軍基地に配備することも検討中という。ロシアも、海上配備型や航空機搭載型の極超音速ミサイル(マッハ5以上)を、地上配備型に改造すると報じられている。

核軍縮条約には、履行状況を確認するための相互査察条項が盛り込まれている。このことが米ソ(ロ)両国の信頼関係の礎となり、核軍拡競争を防ぐ役割を果たしてきた。情報がないと相手国が密かに軍備を増強しているのではないかと不安になり、こちらも備えなければという発想になる。情報を共有すること自体が、無用な軍拡競争の歯止めとなってきた訳だ。

しかし、INF全廃条約の失効により、米ロ間の核軍縮条約は、新戦略核兵器削減条約(新START)のみとなった。この条約も2021年に期限切れを迎えるが、延長に向けた話し合いは進んでいない。

毎日小学生新聞2019.8.5より

毎日小学生新聞2019.8.5より

3 自分に出来ることを 

近時は自国優先主義・自国第一主義が声高に主張されているが、平和を構築していくうえでは国際協調主義の考え方こそが重要だ。核兵器禁止条約もこうした考え方に基づくものと言えるだろう。

そんななか、自治体から自国の政府に同条約の署名・批准を求める「シティ・アピール」の取り組みが広がっている。国際NGOのICANが呼びかけたもので、核保有国からも、ワシントンDC、ロサンゼルス、パリ、マンチェスターなどの都市が名を連ねている。広島・長崎の平和祈念式典で読み上げられる平和宣言に、今年は日本政府に対して核兵器禁止条約の署名・批准を求める内容が盛り込まれることになったのもこうした流れを受けてのものだろう。

また、国内の金融機関(りそなホールディングス)でも、「核兵器・化学兵器・生物兵器等の大量破壊兵器や対人地雷・クラスター弾等の非人道的な兵器の開発・製造・所持に関与する」企業に融資をしないとの方針を採用するところがではじめた。

「平和のために自分に出来ることはないか」、一人一人が考えていくことの大切さを改めて感じた。