『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」。
2018年11月7日付に掲載された第46回は、「ペットの飼い主に求められるもの」です。嗜好や感じ方は人それぞれ。みんなが気持ちよく暮らすために、お互いを尊重し合い適切な配慮をすることが求められるという点は、どんな場面にもあてはまることですね。
ペットの飼い主に求められるもの
1 弁護士の日常から
市民のみなさんが日常生活の中で直面するさまざまなトラブルを取り扱う弁護士には、家族と過ごす休日でも、何気なく目にした街の風景、例えば「ショッピングセンターの駐車場から出てくる自動車」、「ビルに掲げられた金融機関の看板」、「手をつないで歩くカップル」などから、「あれ?そういえばあの事件はどうなっていたっけ?」と仕事の記憶がフラッシュバックしてくるということがしばしばあります。
先日も、子どもたちを連れて上越市のたにはま公園を訪れ、ドッグランコーナーの前を通り過ぎようとした際、「あれ?そういえばあの事件・・・」となりました。飼い犬が他人や他の飼い犬を咬むなどして怪我をさせるトラブルは、弁護士が日常よく扱うケースの一つです。そこで、今回は、動物の飼い主の責任についてお話ししたいと思います。
2 民法718条の規定
動物の飼い主の責任については、民法718条に規定があります。同条1項は「動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、この限りでない」と定めています。
つまり、動物の飼い主は、飼っている動物が他人に怪我をさせるなどの損害を加えたときは、その損害を賠償しなくてはならないのが原則ですが、「相当の注意」をもって管理していたことを立証した場合には、責任を免れるということです。
3 「相当の注意」とは
では、どのような場合に「相当の注意」をもって管理していたと言えるのでしょうか。
これについては、動物の種類や性質に応じて、通常払うべき程度の注意をもって管理していた場合と解されています。具体的には、動物の種類、雌雄、年齢などの他に、動物の性格や性癖、過去の加害歴、飼い主のしつけ方なども含まれ、以前に人に危害を加えたことがある動物については、とくに注意をもって管理することが必要とされています。
といっても、実際の裁判例では、「相当の注意」をもって管理していたと認められるケースというのは少なく、飼い主が全面的に責任を免れることはほとんどないようです。
4 過失相殺と賠償内容
かわりに裁判で考慮されることが多いのは「被害者側の過失」です。例えば、「危ないから触らないで」と注意したにもかかわらず子どもが近づいてきて触ろうとしたため噛まれたとか、家の前に「犬に触らないでください」と貼り紙をしていたのに柵の間から手を差し入れて触ってしまい噛まれたなど、被害者にも一定の落ち度があるケースがあります。
このような場合には、被害者側の過失の大きさに応じて、飼い主が支払う賠償額が一定程度減額されることになります(これを「過失相殺」(民法722条2項)といいます)。
賠償内容としては、治療費や病院への交通費、怪我に対する慰謝料などの他、例えば顔を咬まれて目立つ傷跡が残ってしまった場合などには後遺障害慰謝料を払う必要があります。また、大型犬に咬まれて重傷を負った場合などには、ショックや恐怖などからPTSDに陥り、家事や仕事がままならなくなるというケースもあります。このようなケースでは休業損害やPTSDについての後遺障害慰謝料、逸失利益なども支払う必要が出てくることがあります。
5 おわりに
「犬に噛まれた」トラブルを取り扱っていて感じることは、飼い主側と被害者側の意識のギャップです。動物好きの飼い主にとって、ペットは家族同様、愛すべき存在。そのため被害者の恐怖心に鈍感な傾向があり、「大げさに騒ぎ立てている」と感じ、「賠償金をふっかけようとしているのではないか」と疑心暗鬼になる方もいます。しかし、世の中には、動物好きの方には想像もできないくらい、動物が苦手な方もおり、そういった方々はイノシシやクマに襲われるのと変わらないくらいの恐怖を感じる場合もあるようです。
動物を飼育する際には、動物が健康で快適に暮らせるようにするとともに、そういった方々への配慮も忘れずに、適切に管理してトラブルを招かないようにしたいものです。