『上越よみうり』に連載中のコラム「田中弁護士のつれづれ語り」。
2018年7月4日付に掲載された第37回は、国民投票法改正案についてです。
コラムでは触れていませんが、何とか憲法審査会を動かして憲法改正の機運を高めたいという「政治的な下心」に基づく法案でもあります。明日にも審議入り予定と報道されています。今国会での成立を断念したとの報道もありますが、まだわかりません。審議の状況に注目しましょう。
宿題の先延ばし~国民投票法改正案
1 国民投票法の改正案
先月29日、憲法改正手続法(国民投票法)の改正案が、自民、公明、維新、希望の4党により、国会に提出された。今国会での成立を目指すという。
共通投票所の設置や、子連れ投票の範囲拡大など、国政選挙や地方選挙で既に導入済みの制度を国民投票にも適用するというもので、「より投票しやすくする」ための改正であるから、改正法案の内容それ自体に問題がある訳ではない。
ただ、同法が抱える根本的な問題点に手をつけず、その解決を先送りにすることになるという点では、大きな問題があると言わざるを得ない。
2 有料広告の取扱い
根本的な問題点の1つは、テレビやラジオなどの有料広告に対する規制が欠落しているという点である。
テレビやラジオのCMには莫大な費用を要するから、規制がない現行の制度下では、資金の多寡が投票結果を左右することになりかねない。
また、テレビのCM枠を確保するには、概ね3ヶ月前に大手広告代理店を通じて手続きをしなければならない。憲法改正の発議後、国民投票が実施されるまでの期間は、最短で2ヶ月である。「3分の2以上」の多数を握る与党側は、発議のタイミングを事実上コントロールできるから、国民投票運動期間中の広告枠を「独占的」に確保することすら可能といえる。
「資金力のある方が有利」、「早い者勝ち」というのでは、民主的な制度とは言えないだろう。
そもそも、テレビのスポットCMは、映像や音を駆使して視聴者の情緒に働きかけ、企業や商品に対する好意的な印象を抱かせたり、購買意欲を刺激・増幅したりするために利用される広告媒体である。国民投票に際しては、冷静な思考や判断に寄与する情報の提供が求められるから、上記の様な特質を持つテレビCMは本質的になじまない。イタリア、フランス、イギリス、スペインなどの欧州諸国で、国民投票に関わるテレビスポットCMが全面禁止とされているのは、扇情的なテレビCMの持つ危険性がよく知られているからであろう。
印象操作によって民意がゆがめられ、ゆがめられた民意に基づいて憲法が改正されるようなことのないように、制度を改める必要がある。
3 最低投票率の定め
最低投票率や絶対得票率についての定めがないという点も、問題がある。
現行の制度では、どんなに投票率が低くても、有効投票のうちの過半数が賛成すれば憲法改正がなされることとなる。たとえば、投票率が40%の場合、全有権者のうち5分の1をわずかに上回るだけの賛成しか得られなくても憲法が改正されることとなるのだ。
憲法は、国民の人権を保障するために国家権力に縛りをかける根本規範であるから、高度の安定性が求められる。他方で、政治・経済・社会の動きに適応する可変性も必要だ。この相矛盾する2つの要請を調整するために、憲法改正手続を定めつつ、その改正要件を厳格にする方法が採用されたのである(硬性憲法)。
ごく一部の人しか賛成しなくても憲法改正がなされうる現行の制度は、こうした憲法の趣旨に照らして問題がある。
4 国民の意思が反映される様に
以上に指摘した2つの問題点については、国民投票法成立の際、参議院の付帯決議で、「本法施行までに(中略)検討を加える」とされている。しかし、法律が施行されてから8年以上経過した現在に至っても、未だ検討は行われていない。
自らに課した宿題に手を付けず、更なる先延ばしをする様なことは、すべきでない。私たち国民の意思が公正かつ適切に反映されるような制度となるよう、充実した審議に基づく抜本的な法改正を期待したい。