『上越よみうり』に連載中のコラム「田中弁護士のつれづれ語り」。
6月7日付朝刊に掲載された第11回は、「ヒバクシャの願い」です。
来週からはじまる国連会議(第2会期)では、すでに公表されている核兵器禁止条約の案をもとに、条約締結に向けた議論が行われます。
どのような議論を経て、どのような成果を上げるのかに注目しましょう。
ヒバクシャの願い
原爆投下の第一報
「広島が全滅です。新型爆弾にやられました。」。昭和20年8月6日、広島に投下された原爆の第1報を伝えたのは、14歳の少女でした。旧日本軍の司令部に学徒動員され、軍施設や報道機関に警報を伝達する業務を担当していた岡ヨシエさんです。
公表されている手記『交換台と共に』には、紫色の閃光に目を射られた直後に爆風で体を吹き飛ばされて失神したこと、意識を取り戻した後に変わり果てた広島の町を目の当たりにして血の気が引ける思いで軍の司令部に連絡したこと、同級生らが悲惨な状態で次々と命を落としていった様子など、当時の状況が生々しく記されています。
岡さんは、原爆の後遺症に苦しめられながら、長らく被爆体験の語り部としての活動を続けていらっしゃいましたが、先月19日に86歳で亡くなりました。
被爆者への配慮と敬意
岡さんが亡くなった3日後の先月22日、核兵器禁止条約の案が公表されました。その前文には、「ヒバクシャ」という言葉が2度登場します。
1つ目は、「核兵器使用の犠牲者(ヒバクシャ)・・・の苦難を心に留め」というフレーズ。
そして2つ目は、「核兵器完全廃絶の呼び掛けのような、人道原則を促進するための市民的良心の役割を強調し、その目的のための・・・ヒバクシャの取り組みを認め」というフレーズです。
筆舌に尽くしがたい苦難を抱え続けてきた被爆者に対する配慮と同時に、核兵器廃絶に向けて地道に主体的な活動を続けてきた被爆者に対する敬意が表されていると言えるでしょう。
条約の意義と「配慮」
核兵器禁止条約は、核兵器の「禁止」と「廃絶」を一挙に達成しようとするものではなく、「廃絶」に向けた第1段階として「禁止」を位置づけ、この「禁止」について法的拘束力を持たせようとするものです。
条約案は、核兵器の開発、生産、製造、取得、保有、貯蔵、使用、核実験などを包括的に禁止する内容となっていますが、それと同時に「核使用の脅し」との文言を禁止事項に入れることを回避するなど、他国の「核の傘」の下にいる国々でも加盟交渉に加われるようにするための配慮もなされています。
空席に置かれた折り鶴
条約案は、6月15日から開かれる国連会議の第2会期で議論されます。
第1会期は、今年の3月、100カ国以上の政府とNGOが参加して開かれましたが、日本政府は参加を見送りました。空席となった日本の政府席には、「wish you were here(あなたがここにいてくれたら)」と書かれた折り鶴が置かれ、唯一の戦争被爆国である日本の政府への期待と、それを裏切ったことに対する落胆が示されました。
第2会期では、条約案についてどのような議論が行われるかという点とともに、日本政府がいかなる対応をするかについても注目が集まりそうです。