1 なぜ自衛隊は日本が攻撃されることを想定して備えを進めているのか
前回のブログでは、日本が武力攻撃を受けることを想定して、それでも戦闘が継続できるようにするために、自衛隊が以下のような対策を進めていることを紹介しました。
- 全国の自衛隊施設で強靱化工事を進めていること
- 多数の戦傷者が出ることを想定して戦傷医療対処能力の向上を図っていること
- 各地で大型弾薬庫の建設を進めていること
では、どうして自衛隊は、日本が攻撃されることを想定した対策を進めているのでしょうか。
その理由を一言で言えば、「それだけ危険なことに踏み込もうとしているから」ということになります。それは具体的にどういうことなのか。政府の立場からその理由を端的に説明すれば、「台湾有事」に米軍と一緒に軍事介入できるようにすることによって、中国に対する抑止力を高めようとしているから、ということになるでしょう。
少しややこしい話なので、順を追って説明します。
2 米軍の対中国軍事戦略の変遷
前提として、アメリカの対中国軍事戦略の変遷について、簡潔に説明します。
(1)統合エアシー・バトル、オフショア・コントロール、海洋拒否戦略
ア アメリカの戦略
米軍は、中国軍との衝突を想定した軍事作戦構想を作成し、改良を重ねています。
- 「統合エアシー・バトル構想」
中国本土の指揮中枢や主要基地に対する攻撃・破壊や、海上輸送の封鎖まで想定した全面戦争シナリオ - 「オフショア・コントロール戦略」
東シナ海の沖合いから中国沿岸をコントロールすることによって、中国の海上貿易を阻止し、軍事的な破壊行為ではなく経済的な消耗戦で事態を沈静化し、全面戦争を回避する戦略 - 「海洋拒否戦略」
「近距離海上封鎖」や「遠距離海上封鎖」によって、中国の海上交通・海上交易を完全に遮断する戦略
イ 共通の課題
中国軍は、米軍との軍事衝突が起こった際、初期段階で、米軍基地や空母等に対してミサイル飽和攻撃を行うことが想定されます。2021年11月に米中経済・安全保障検討委員会が米国議会に提出した2021年年次報告書では、「中国軍の精密打撃能力は、在日米軍のほぼすべての艦船や200機以上の戦闘機、司令部、滑走路を攻撃することが可能」とされています。
このミサイル飽和攻撃による被害を最小限に抑えるために、戦闘が差し迫った段階で、在日米軍基地の空母機動部隊や戦闘機等をハワイやグアムなど中国のミサイルの「射程圏外の基地」に退避させるというのが、上記の作戦構想に共通する基本方針とされています。
しかし、戦闘の初期段階で中国軍に南西諸島を占拠されてしまうと、太平洋の基地を拠点にした戦闘で制海権・制空権を奪い返すことは容易ではありません。また、中国のミサイルの射程が伸びたことで、ハワイやグアムの基地も「安全圏」とは言えなくなりました。
(2)海洋プレッシャー戦略、遠征前進基地作戦(EABO)
ア 新たな戦略
そこで、2019年5月、米シンクタンク「戦略予算評価センター(CSBA)」が、従来の戦略に全面的な修正を加えて発表したのが、「海洋プレッシャー戦略(MPS)」です。
これは、中国の初期ミサイル飽和攻撃への対処としての撤退戦略を修正し、一部の戦力(スタンド・イン戦力)を中国のミサイル射程内にとどまらせて西太平洋の制海権を確保する戦略です。
イ 遠征前進基地作戦
この戦略に対応する海兵隊の作戦計画が、遠征前進基地作戦(EABO)です。スタンド・イン戦力は、ミサイルの標的とならないように、小規模の部隊に分かれて南西諸島の島々に展開して、臨時の軍事拠点(=遠征前進基地)を築き、対艦ミサイルやロケット砲を用いて攻撃を行います。
1か所にとどまっていたのではやはりミサイルの標的となってしまうため、いくつもの島を渡り歩き、移動を繰り返しながら作戦を継続します。こうした活動によって、制海権・制空権を確保するとともに、レーダーで捕捉した敵艦艇の情報を送ることによって、太平洋の基地に退避した主力部隊が来援しやすくすることを目指す訳です。
ウ 日本に期待される役割その1:中距離ミサイルの配備
この作戦を遂行するうえで「非常に重要である」とされているのが、「地上部隊に届けられる精密打撃火力(=地上発射型対艦ミサイル)」です。
2020年3月に米インド太平洋軍が米議会に提出した『フォースデザイン2030』では、「第一列島線に沿って同盟国が地上配備型兵器を増強させたうえで、これらの兵器による残存性の高い精密打撃ネットワークを必要とする」と記載されています。
また朝日新聞2021年7月8日付は、ある米国防総省関係者の話として、「軍事作戦上の観点から言えば、北海道から東北、九州、南西諸島まで、日本全土のあらゆる地域に配備したいのが本音だ。中距離ミサイルを日本全土に分散配置できれば、中国は狙い撃ちしにくくなる」との言葉を紹介しています。
これが日本に期待されていることの1つめです。
エ 日本に期待される役割その2:後方支援
また、2つめは、海兵隊(海兵沿岸連隊:MLR)に対し、弾薬の提供や燃料補給などの「後方支援」=兵站支援を行うことです。
アメリカのインド太平洋軍のフィリップ・デービッドソン司令官は、2021年3月9日、アメリカの議会上院・軍事委員会の公聴会で以下のように証言し、日本の協力が死活的に重要であるとしています。
「はっきりしているのは、日本が水陸両用戦能力を提供してくれるということだ。彼らは戦闘機や対潜哨戒機などによる戦闘能力を有している。日本はこの地域で一番の同盟国であり、地域の安全にとって死活的に重要だ。」
3 日本の防衛力強化
日本は、2010年以降、アメリカの対中国戦略に適合させるように、防衛力整備のあり方に修正を重ねてきました。
(1)自衛隊の「南西シフト」
ア 防衛大綱で示された方針
2010年策定の防衛大綱(22大綱)では、「動的防衛力」がキーワードとされました。これは、従来の防衛力整備の基本概念とされていた「基盤的防衛力構想」に修正を加えて、より機動性・即応性を重視したものへと切り替えていくものです。これに合わせて、防衛の重心を北方から南西諸島へと移す、自衛隊の「南西シフト」が進められるようになりました。海洋進出を進める中国を念頭においた防衛方針の転換と言えます。
その後、2013年の防衛大綱(25大綱)では「統合機動防衛力」が、また2018年の防衛大綱(30大綱)では「多次元統合防衛力」が、それぞれキーワードとされましたが、いずれも海洋進出を強める中国に対抗する形で防衛力を強化するもので、基本的な方向性は維持されています。
イ 南西諸島への配備
2016年以降、与那国島、石垣島、宮古島、奄美大島、そして沖縄本島と、南西諸島の島々に相次いで自衛隊の基地や駐屯地(分屯地)がつくられ、警備隊やミサイル部隊が配備されるようになりました。但し、その目的はあくまでも「離島防衛のため」とされており、アメリカの軍事戦略に協力するとの目的が掲げられることはありませんでした。
ただ、2017年5月25日の参議院外交防衛委員会で、稲田朋美防衛大臣は、「南西諸島の防衛体制の強化については、わが国の国家安全保障戦略のもとに策定された防衛計画の大綱及び中期防に基づき取り組んでいるものですが、防衛計画の大綱及び中期防に基づく南西地域の防衛体制強化を含む各種の施策は、結果として、エアシーバトル構想、オフショアコントロール論で想定されるミサイル攻撃に対応することが可能であるという風に認識しているところでございます。」と答弁し、「結果として」アメリカの対中国軍事作戦構想に対応可能なものとなっていることを認めました。
(2)イージス・アショア断念と「敵基地攻撃能力」保有論の浮上
2020年6月、河野防衛大臣(当時)がイージス・アショアの配備計画を断念することを表明しました。
これを受けて、「抑止力強化のため」に、イージス・アショアに代わるミサイル防衛システムを構築するとともに、「敵基地攻撃能力」も保有すべきとの論調が強められていきます。
同年12月18日、菅内閣は、「新たなミサイル防衛システムの整備等及びスタンドオフ防衛能力の強化について」との文書を閣議決定し、イージスシステム搭載艦の建造と、12式ミサイルの能力を向上させ射程を延ばす方針を決定しましたが、「敵基地攻撃能力」保有にまでは踏み込みませんでした。
(3)台湾有事を利用した「敵基地攻撃能力(反撃能力)」保有論の推進
ア デービッドソン司令官(当時)による証言
アメリカのインド太平洋軍のフィリップ・デービッドソン司令官(当時、2021年4月退役)は、2021年3月9日、アメリカの議会上院・軍事委員会の公聴会で以下のように証言しました。
「中国は、ルールにもとづく国際秩序を主導するアメリカに取って代わるという野心を加速させている。」「台湾は明らかに彼らの野心の一つであり、その脅威は今後10年で、実際には6年以内に顕在化するものと考えている。」
この証言は世界に衝撃を与え、日本国内でも「台湾有事が間近に迫っている」などと、センセーショナルに報道されました。
イ 「台湾有事は日本有事」
2021年3月16日の日米2+2共同発表文に、「台湾海峡の平和と安定の重要性」を確認するフレーズが入れられ、同年4月16日の日米首脳共同声明でも同様に、「台湾海峡の平和と安定の重要性」が謳われます。日米首脳の共同声明に「台湾」が盛り込まれたのは、日中国交正常化前である1969年の共同声明(佐藤栄作総理、ニクソン大統領)以来52年ぶりのことでした。
デービッドソン証言の後、2+2共同声明と日米首脳共同声明で台湾の重要性が相次いで強調されたことで、日本国内でも、台湾有事への危機感を煽りつつ「敵基地攻撃能力」保有の必要性を訴える論調が主流となっていきます。
2021年6月1日に公表された自民党政務調査会外交部会・台湾政策検討プロジェクトチームの『第一次提言』では、「(台湾海峡の平和と安定は)我が国の存続に死活的な意味を持つ」「台湾の危機は我が国自身の危機である」と記載されます。
7月5日には麻生副総理が東京都内の講演で台湾有事は存立危機事態にあたる可能性があると明言し(2021年7月6日・NHK政治マガジン)、12月1日には安倍元総理が台湾で開かれたシンポジウムの基調講演で「台湾有事は日本有事、日米同盟有事」と強調するなど(2021年12月1日朝日新聞デジタル)、「台湾有事」を日本の危機と結びつける発言が目立つようになります。
(4)遠征前進基地作戦(EABO)を前提にした日米共同作戦計画の原案作成
2021年12月23日、共同通信が、台湾有事を想定した日米共同作戦計画の原案が作成されていたというスクープ記事を配信しました(報道について紹介するFRONTLINE PRESS)。
原案の概要は、以下のとおりで、米海兵隊の遠征前進基地作戦(EABO)を前提にしたものであることは明らかです。
台湾有事の緊迫度が高まった初動段階で、
・米海兵隊が南西諸島の島々に分散して臨時の軍事拠点を築き、そこに対艦ミサイル部隊を展開して洋上の中国軍艦艇をミサイルで攻撃する
・自衛隊は、部隊の輸送や弾薬の提供、燃料補給等の「後方支援」(兵站支援)を行う
ただ、「敵基地攻撃能力(反撃能力)」の保有が認められないままでは、重要影響事態のもとでの後方支援、存立危機事態や武力攻撃事態での日本に対する武力攻撃排除までしか行えず、中国本土への攻撃を行うことはできませんでした。
(5)ロシアのウクライナ侵攻も利用して「敵基地攻撃能力(反撃能力)」保有へ
岸田総理は、2021年10月8日に行われた、総理就任後最初の所信表明演説で、安保3文書の改定を表明し、同年12月6日の所信表明演説では、「敵基地攻撃能力を含むあらゆる選択肢を排除せず現実的に検討」すると踏み込みます。
翌年1月7日の2+2共同声明では「ミサイルの脅威に対抗するための能力を含め、国家の防衛に必要なあらゆる選択肢を検討する決意」が表明されました。
2月24日にロシアがウクライナに侵攻した後は、国民の不安を煽りつつ、それに便乗する形で「敵基地攻撃能力」保有へ一気に推し進めていきます(岸田総理がアジア安全保障会議の基調講演で述べた「ウクライナは明日の東アジアかも知れない」とのフレーズは象徴的です)。
同年4月26日には、自民党政務調査会と安全保障調査会の連名で、『新たな安全保障戦略等の策定に向けた提言』が出されます。また、同年9月30日から同年11月22日にかけて、4度にわたって「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」を開催。最終の第4回会議で、報告書を作成・公表しています。
そして、同年12月16日に開かれた臨時閣議で、「敵基地攻撃能力(反撃能力)」の保有を明記した安保3文書が決定されました。
(6)日本の防衛力強化に関するまとめ
以上のように、自衛隊は、米軍の対中軍事戦略の変更に合わせて、防衛力の整備・強化を進めてきました。そして、自衛隊の南西シフトと安保法制の制定によって、①中距離ミサイルの配備と、②重要影響事態における後方支援という2つの要請に応えられる態勢を整えつつあります。
さらに、「敵基地攻撃能力(反撃能力)」の保有を正式に決定したことで、①中国本土を射程に入れる長距離ミサイルの保有と、②存立危機事態・武力攻撃事態において中国本土に対する武力攻撃を行いうる状態へと突き進もうとしています。
4 防衛力強化は台湾を守るためのもの
以上のことを単純化してまとめると、以下のようになります。
アメリカが対中国軍事戦略をつくる(「台湾有事」を想定)
→日本がそれに協力する(米軍と一緒に軍事介入する)態勢を整える
→日本が武力攻撃を受ける危険が高まる
→武力攻撃を受けても戦闘が継続できるように強靱化などを進める
つまり、今進められている「防衛力の強化」は、日本を守ることを直接の目的としたものではなく、中国の軍事侵攻に対しアメリカと一緒になって台湾を守るために行われているものだということになります。
ただ政府は、そのことが(中国に対する)抑止力を高めることにつながると説明しています。この点について次回のブログで取り上げてみたいと思います。