素敵なデザイン、だけじゃない
長らくお待たせしてしまいましたが、絵本de憲法その2をお届けします。
今回ご紹介するのは、『やさしいことばで日本国憲法』です。
パッと表紙を見た瞬間に,「かわいい~」と思うデザインがいいですね。
でも,この絵本,表紙のかわいさもさることながら,内容がすごくいいです。
英語版を日本語に訳す
「やさしいことばで」とありますが,
ただ単に日本国憲法をわかりやすい言葉で書きかえたものではありません。
日本国憲法の英語版を日本語訳したものなんです。
日本国憲法の英語版?憲法を英訳したもの?と
思われるかもしれませんが,そうではありません。
GHQが草案を作り,日本人が完成させた日本国憲法には,
その完成版にも,もともと日本語版と英語版があったのです
(もちろん,採択され,公布されたのは日本語版だけですので,
法的な意味での日本国憲法というのは日本語版のみをさします。)。
2つの「憲法」は、同時に生まれた双子
『世界がもし100人の村だったら』の訳者でもある
著者の池田香代子さんは,あることがきっかけで
「この国の憲法は,日本人とアメリカ人が知恵を出し合い,
力をあわせてつくった,そのときの共通言語は英語だった,
だから英語で書かれた憲法が存在するのだ」と気づいたとき,
ただならぬ胸さわぎを感じ,この本を出すことを決めたそうです。
この二つの「憲法」について,
この本の監修・解説をしているC.ダグラス・ラミスさんは、こんな風に書いています。
「どちらもお互いにとって『翻訳』ではない。
二つのテクストは「対話」の結果であり,同時に生まれた双子なのだ。」と。
そして,この本の意味について,
「同じ考えでも違うことばで表現されれば,新鮮さをとりもどし生き生きしてくるし,
読者がそのことばの意味をあらためて考える助けになりうる。」と記しています。
憲法の条文に別の角度から光をあてる
まさにそのとおり。
この本は,読み慣れたはずの憲法の条文に,まったく違う光を当ててくれます。
池田さんの紡ぎ出す言葉は,
今まで感じたことのない「ことばの力」を憲法に吹き込んでくれています。
たとえば,憲法の前文は、
「日本のわたしたちは,(中略)
わたしたちと子孫のために,かたく心に決めました。
すべての国ぐにと平和に力をあわせ
その成果を手に入れよう,
自由の恵みを,この国にくまなくいきわたせよう,
政府がひきおこす恐ろしい戦争に
二度とさらされないようにしよう,と。
わたしたちは,
主権はひとびとのものだと高らかに宣言し,
この憲法をさだめます。」
という言葉から始まります。
無機質だった憲法の前文が,
スポーツ大会の冒頭の「宣誓!」みたいな
生き生きとした言葉に生まれ変わりました。
フランス革命の「球技場の誓い」の絵がピッタリくるような,そんな宣言ですね。
続く、
「国政とは,その国の人びとの信頼を
なによりも重くうけとめてなされるものです。」
(原文:そもそも国政は,国民の厳粛な信託によるものであって)
(英文:Government is a sacred trust of the people,)
という言葉は,そのまま今の政府に伝えたいくらいです。
自衛のための「戦略」
そして,
「わたしたちは,
平和を守ろうとつとめる国際社会,
この世界から,圧政や隷属,抑圧や不寛容を
永久になくそうとつとめる国際社会で,
尊敬されるわたしたちになりたいと思います。」
という言葉。
これについて,解説者は,
「国際社会には,これらを目標に働く人びとや組織はあるが,
それに反して行動するものたちもいる。」
「前文はそのような世界をつくろうと尽力している人びと(「世界の,平和を愛する人びと」)
の側につく政策をとる国を描いている。
この「平和外交」は自衛権の放棄ではなく,
第9条とともに,自衛のための“戦略”なのだ。」と書いています。
憎しみの連鎖によって危険にさらされるよりも,
尊敬の対象となることによって身を守ろうと,そう言っているのですね。
実際,日本はこれまで中東で尊敬の対象となっていたようで,
そのことが現地で活動する日本人の身の安全を守ってきたという話をよく聞きます。
テロの恐怖にさらされている欧米を見ていると,
これはとても賢い選択だったのではないかと思います。
戦争でも、人を殺すのは罪
なるほどなと思ったのは,憲法9条2項の訳です。
原文は,国の交戦権はこれを認めない。
英文は,The right of belligerency of the state will not be recognized.です。
この本では,次のように訳しています。
「戦争で人を殺すのは罪ではないという特権を国に認めません。」
だれでも一度は,
「普通の人が1人でも人を殺せば,正当防衛でない限りは殺人罪に問われるのに,
なぜ国家が大量殺人を犯しても,
戦争の名の下では,それが許されてしまうのだろうか。」
と考えたことがあるのではないでしょうか。
この条文は,「それは違うよね,ダメだよね。」ということを言っているのだなということに,
あらためて気づきました。
この条文は,アメリカが日本を軍事的に無力化させるために設けたものだ
という理解が一般的かもしれません。
しかし,このように読むと,この憲法が,「国」の立場にたって作られたものではなく,
1人1人の人間の立場から作られたものなのだということを,
そして,それができたのは,戦後統治の特殊な状況下だったからで,
国家が主導して作る憲法では絶対に設けられることのない
貴重な貴重な一文であるということを,しみじみ感じさせられました。
自由と権利の確かさとはかなさ~未来の世代への責任
長くなったので最後にしたいと思いますが,
97条について
「この憲法が日本の人びとに保障する,基本的な人権は,
人類が自由をもとめ,長いあいだ戦ってえた成果です。
いくたびとなく,きびしい試練をのりこえて,
ゆるぎないものであることを証された成果です。」
また、12条について,
「自由と権利は,
それらをみだりにふりかざすことをつつしむ人びとが,
つねに努力して維持していきます。
いつも社会全体の利益を考えながら,
自由や権利をもちいることは,人びとの義務です。」
と訳しています。
私たちが「当たり前のこと」として受け取っている様々な人権は,
簡単に手にできたものではないこと,
そして,つねに努力して維持していかなければ,簡単に消え去ってしまうものであること,
そうならないように適切に自由や権利をもちいることは,
未来の世代に対する私たちの義務であることが書いてあるんですね。
弁護士の仕事の意味をあらためて考えさせられました。
英語を学ぶツールとしても
ちなみに,この絵本,条文ごとに,
日本語訳が左のページに,英語の原文が右のページに記載されています。
英語が得意な方はそちらと照らし合わせながら読んでみると,
日本語とのニュアンスの違いを感じれて,さらに面白いかもしれません。
英語の方がしっくりくるな,という方もいるでしょう。
英語学習の副読本にもぴったりだなと思います。
自分の子どもが中高生になったら,英語の原文だけを読ませて日本語に訳してもらい,
その子だけの「オリジナル日本国憲法」を作ってもらいたいな
(すごい珍訳になるかもしれませんが。笑)と思います。
田中篤子
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