『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」。
2020年8月19日付に掲載された第90回は、「希望をつなぐ」です。
今年は戦後75年の節目の年。核兵器を巡る世界の状況について、私が印象深く感じた言葉を紹介しながら書いてみました。
希望をつなぐ
コロナ禍と猛暑の中で迎えた戦後75年目の夏。いくつかの象徴的な言葉とともに、核兵器について考えたいと思います。
人類の危機を救う決意
「私たちは自らを救うとともに、私たちの体験をとおして人類の危機を救おうという決意を誓い合った」
1956年8月10日に開催された、日本原水爆被爆者団体協議会(日本被団協)結成大会における『結成宣言』の一節です。核兵器は、無差別に大量の命を奪い、生存者にも長期にわたって無用な苦痛を与える、非人道的な兵器。それをなくすことが人類の危機を救うことにつながるのだ。そうした決意が高らかに謳われています。
この被爆者の決意と行動が結実したのが、2017年7月7日に国連で採択された核兵器禁止条約です。この条約は、核兵器の開発・実験・生産・製造・取得・保有・貯蔵・使用などを包括的に禁止しています。現在までに44の国と地域が批准していて、条約の発効に必要な50まで、あと6と迫っています。
条約が発効しても批准していない国に対して直接的な拘束力を持つ訳ではありませんが、国際的な規範を作り、批准国を増やしていくことによって、核兵器保有国に対する事実上の制約を及ぼしていくことが可能となります。生物化学兵器やクラスター爆弾などの武器についても、「禁止条約」によって『持てる国』の動きを封じてきた歴史があります。
核戦争のリスク
他方で核兵器保有国は、これと逆行する危うい流れを作りだしています。
「現在は核戦争のリスクが第2次世界大戦後でもっとも高くなっている」
国連軍縮研究所のレナタ・ドワン所長が昨年5月に発した警告です。
同年8月には、地上配備型の中距離弾道ミサイル等の発射実験・製造・保有を全面的に禁止する中距離核戦力(INF)全廃条約が失効しました。来年2月には、戦略核弾頭の配備数や長距離ミサイルの保有数を削減することを約した新戦略兵器削減条約(新START)も期限切れとなり、延長措置がとられなければ失効することとなります。
アメリカは、今年2月に「低出力」の核兵器を米軍の潜水艦に配備。ロシアもこれに対抗する措置をすすめており、このままでは米ロに中国を加えた3か国による核軍拡競争を招きかねないという批判と懸念が広がっています。
「核抑止」の危うさ
「人間は間違いやすく、機械は故障する」
冷戦期に米国の戦略核システムの開発を統括していたウィリアム・ペリー元国防長官は、警報システムの誤作動によって偶発的に核戦争が起こりそうになったことが、米国で少なくとも3回、ソ連では2回あったと述べています。警報システムのサイバー攻撃に対する脆弱性も明らかとなっており、現在では冷戦期以上に誤爆のリスクが高まっていると指摘しています。
核兵器によって平和が保たれるという考え方(核抑止力論)は、こうした都合の悪いことから目を背ける議論であるように思われます。
諦めずに希望をつなぐ
冒頭で紹介した日本被団協の『結成宣言』では、先の引用箇所の前に、被爆者がそれまでなかなか声を上げられず「だまって、うつむいて」生きてきたこと、それでも「もうだまっておれないでてをつないで立ち上がろうとして集まった」ことが記載されています。原爆症に苦しめられ、差別や偏見にさらされながらも、「人類の危機を救おう」と立ち上がった被爆者の方々の気高い決意に思いを致すとき、自然と身が引き締まります。
「被爆地広島で育つ私たちは、当時の人々があきらめずつないだ希望を未来へとつなげていきます」
今年の8月6日に広島の平和記念式典で小学生が読み上げた『平和への誓い』は、唯一の戦争被爆国である日本で暮らす私たち自身の誓いとすべきものでしょう。
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