『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」。
2020年1月8日付に掲載された第75回は、「戦争回避に尽力を」です。イラン司令官殺害によって中東情勢が極限の緊張状態にあるもとで、戦争回避のために日本がなすべきことについて書きました。政府は従前の予定通りに自衛隊を派遣する方針を表明していますが、現実から目を背けた無責任極まりない対応であり、絶対に許すべきではないと思います。
戦争回避に尽力を
イラン司令官殺害
1月3日、ツイッターのトレンドワードのトップになったのは、「WWⅢ」(第3次世界大戦)だった。イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官が米軍の空爆により殺害される事件が起こったためだ。空爆はイラクの首都バグダッドで行われ、イラクの武装組織幹部を含む6人も巻き添えとなって死亡した。
イランの最高指導者や大統領が報復の意思を表明しており、緊張は極限状態に達している。
明白な国際法違反
トランプ大統領は同日の記者会見で、同司令官が「アメリカの外交官や兵士に対し差し迫った邪悪な攻撃」を企んでおり、殺害はこれを阻止するためであったと説明した。
しかしアメリカ政府は、「企て」の詳細も、それが存在したとする根拠も示しておらず、本当にそのような事実があったのか疑義が呈されている。
仮にトランプ大統領が主張する通り、ソレイマニ司令官がアメリカの外交官や兵士に対する攻撃を企てていたとしても、今回の空爆による殺害を正当化する根拠とはならない。国連憲章は武力行使を原則として禁止しており、例外的に認められているのは①個別的自衛権の行使、②集団的自衛権の行使、③集団安全保障措置の一貫としてなされる武力措置の3つだけであるところ、今回の様な「先制攻撃」は、そのいずれにもあたらないからだ。
また、空爆はイラクで行われており、イラクの主権を侵害している。この点でも違法性は明らかだ。
情勢悪化の起点
アメリカとイランの対立は昨年末から急速に激化していた。12月27日、イラク軍基地がロケット弾攻撃を受け、米国民が死傷した。同月29日、米軍が報復として親イラン武装組織の拠点を空爆。同月31日、この武装組織メンバーらによるデモ隊が米大使館を包囲して、放火や投石行為に及んだ。こうした経過が今回の殺害行為に至る一因になったとされる。
しかしこの対立悪化の起点となっているのは、イラン「核合意」からのアメリカの一方的離脱だ。
イランの核開発疑惑が浮上した2002年、欧米諸国はイランに対する経済制裁を実施し、情勢は緊迫の度を高めた。その流れを転換したのが、2015年7月に成立した「核合意」だ。イランが核開発を大幅に制限することと引き替えに経済制裁を解除するというもので、成立当時、アメリカを含むすべての関係国が「合意の全面履行が地域と国際の平和と安全に明確に貢献する」と歓迎した。翌年にはIAEAの査察によってイランの核開発制限が確認され、経済制裁は解除された。
ところが、2018年5月、トランプ大統領が、「核合意」からの離脱を表明。2019年5月以降、イラン産原油の全面禁輸制裁を開始した。アメリカは、その後に発生した日本関連タンカーに対する攻撃、米軍の無人偵察機撃墜、サウジアラビアの石油施設への攻撃等がイランの関与によるものとしている。前述のイラク軍基地へのロケット弾攻撃も同じ文脈の中で捉えられるべきだろう。
核合意復帰への働きかけ
日本政府は、昨年末、海上自衛隊を中東地域に派遣することを閣議決定した。同年7月にアメリカから「有志連合」への参加を要請されたことを受けてのものだ。政府はあくまで独自派遣であるとするが、アメリカ中央海軍司令部に幹部自衛官を派遣し情報共有することが決まっており、実態は有志連合への参加と大差がない。このまま派遣すれば、自衛隊が有志連合の一員とみなされて攻撃を受けたり、米軍が攻撃を受けて自衛隊がその「後方支援」を担うこととなったりする危険性が極めて高い。閣議決定をしたときとは現地の状況が大きく変わっている以上、派遣を見直すべきだろう。
また、いま必要なのは、軍事的対応をエスカレートさせる「有志連合」路線ではなく、事態収束に向けた外交交渉だ。事の経緯に照らせば、アメリカの「核合意」復帰が事態収束の鍵といえる。アメリカとも、イランとも、深い関係を積み重ねてきた日本が果たすべき役割は大きい。
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