つれづれ語り(現実を変える理想の力)


『上越よみうり』に連載中のコラム「田中弁護士のつれづれ語り」。

12月27日付朝刊に掲載された第25回目は、「現実を変える理想の力」です。
核兵器禁止条約の採択を実現させた被爆者の活動や、核抑止力論について書きました。

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現実を変える理想の力

はじめに

国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」がノーベル平和賞を受賞した。核兵器禁止条約の採択に尽力したこと等を評価したものだ。

同NGOのフィン事務局長は、「反核運動に携わった世界中の人々、被爆者の功績を認めたもの」と述べている。この言葉の通り、今年の7月に122カ国の賛同を得て同条約が採択されたのは、被爆者自身の粘り強い活動によるところが極めて大きい。

現実を変えた被爆者 

被爆者は、半世紀以上にわたって、世界各地で被爆体験を語り広げてきた。

日本原水爆被害者団体協議会の事務局長であった田中熙巳さんは、国連と交渉を重ねた末、2005年の核拡散防止条約再検討会議の際に、ロビーや通路を借りて原爆パネル展を実施することに成功した。パネル展示は、2010年、2015年と同会議が開催される度に実施され、回を重ねるごとに量的にも質的にも充実したものとなっていった。

前出のフィン事務局長は、2010年の同会議で聞いた長崎の被爆者・谷口稜曄さんのスピーチが「核兵器について考えるうえで、私たちの土台となっている」と語っている。

条約のねらい

核兵器禁止条約は、核兵器の実験、製造、備蓄、移譲、使用、威嚇などを包括的に禁止する。核兵器保有国が批准しなかったとしても、国際的な規範をつくることにより、実態として核兵器の保有や使用を難しくすることに狙いがある。

生物化学兵器や対人地雷、クラスター爆弾などの武器も、『持たざる国』が禁止条約をつくることを通じて、『持てる国』の動きを封じてきたという歴史がある。

抑止力は現実的か

核兵器の禁止や廃絶を求めることに対しては、しばしば「現実を見ない理想論だ」といった批判がなされる。そこで言う「現実」とは、日本の安全保障政策がアメリカの核抑止力=核の傘に依存していることを指すのだろう。

しかし、(核)抑止力はテロリストに対しては無力だ。また、万が一核兵器がテロリストの手に渡ってしまえば、その先に待つのは破滅的な未来だけだ。

2007年1月、国務長官・国防長官経験者を含む4人の元米政府高官が、「ウォール・ストリート・ジャーナル」に寄稿した共同論文で、「抑止力は効果が薄れ、有害性が増している」として、核兵器廃絶に向けた国際的対話の必要性を説いたのもこうした「現実」をふまえたものだ。

核保有国の増加やサイバー攻撃など、その後の10年間で、核兵器が存在することそれ自体によるリスクは、さらに高まっていると言えるだろう。

核兵器は絶対悪 

12月10日の授賞式典で、カナダ在住の被爆者サーロー節子さんは、13歳のときに広島で被曝した体験を語った。「(当時4歳だった甥の)小さな体は溶けて肉の塊に変わり見分けがつかないほどでした。死によって苦しみから解放されるまで弱々しい声で水が欲しいと言い続けました。」そして、「核兵器は必要悪でなく絶対悪なのです」と訴えた。

「理想」を語り広げ、「現実」を変えてきた被爆者も高齢化し、平均年齢は80歳を超えている。唯一の戦争被爆国に生きる者として、私たちがなすべきことは何か。ICANのノーベル平和賞受賞を機に改めて考えたい。