つれづれ語り(悩み事)


『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」。

11月29日付朝刊に掲載された第23回は「悩み事」です。

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悩み事

素朴な疑問

「なんでそんなにいろいろやってるの?」と聞かれることがある。薬害事件などの集団訴訟に関わったり、クイズを交えて楽しみながら憲法を学ぶ「憲法カフェ」を企画したりしているためだろう。

新人時代に

いろいろやるようになったきっかけは、弁護士登録直後に、薬害肝炎弁護団に入ったことが大きい。

薬害肝炎事件は、産科や外科などを中心に止血剤として使用されていた血液製剤が原因で引き起こされた。この血液製剤がC型肝炎ウイルスに汚染されていたため、投与された人々がC型肝炎に感染させられたのだ。国内の被害者は数万人とも推計されており、史上最大規模の薬害事件とされている。

友人に誘われて参加した新人弁護士向けガイダンスで、弁護団の先輩弁護士が事件の概要をわかりやすく説明してくれたが、その時点では弁護団に入るのはやめておこうと思っていた。耳慣れない医学用語が頻繁に出てきて十分に理解することができず、「自分が入っても力にはなれなさそうだ」と感じたためだ。

しかし、ガイダンスの終了後に、被害者である原告の話を聞いて、心を動かされた。

被害者が語ったこと

私は、被害者である原告達が、加害者である製薬企業や、いい加減な審査で薬を承認した国に対する怒りの気持ちを訴えるものと思っていた。しかし、体験談を話してくれた3人の原告は、まったくそうではなかった。静かな口調で「肝炎で身体を動かすのもしんどくて、母親らしいことを十分にしてあげられなかった」「家事もろくにできないのに高い治療費の負担をかけてしまった」「家族に申し訳ない」などと語ったのだ。

被害者の多くは、出産時に大量出血して血液製剤を投与された女性達だ。何の落ち度もない被害者達が家族に申し訳ないと自分を責めている一方で、安全を後回しにして莫大な利益を上げた加害者達は責任をとらずに居直っていることに憤りを感じ、「できるかどうかではなく、自分も何かしたい。被害者の話を聞いた以上何かしなければ。」という気持ちになった。

やるかどうか

登録間もない新人弁護士なので、弁護士としての経験はゼロ。戦力になれるはずもない。それでも自分なりに必死に努力して、2年目には専門家証人の反対尋問を担当させてもらうとともに、担当する原告の被害状況を裁判所に伝える本人尋問にも取り組んだ。

「できるようになったら」「ゆとりができたら」と思っていたら、できるようにはならなかっただろうと思う。これが、最初の問いに対する答えでもある。自分なりに「やりたい」「やらなければ」と思ったことに挑戦するなかで、やれることが増えてきたというのが実感だ。

「できるだろうか」と考えているうちは、できない理由を探してしまうし、多くの場合その理由は容易に見つけることができる。だが、「やらなければならない」となると、やるためにどうするかを考えるようになる。要は、覚悟を決めるかどうかなのだろう。

傍目には十分に高い能力を持ちあわせているのに自信が持てず、一歩を踏み出せないでいる若手弁護士に対し、どうしたらこのことを説教臭くならずに伝えられるか、というのが目下の悩みだ。

救済法の延長問題

なお、薬害肝炎事件は、いくつかの地方裁判所で国や製薬企業の責任を認める判決が出された後、当時の福田総理大臣の政治決断により、2008年に薬害肝炎救済法が制定されたことで一区切りがつけられた。

しかし、この救済法による請求期限が来年1月15日で切れてしまう。未だ救済されていない被害者が数多く残されているため、今国会中に救済法の延長がなされるかどうかが焦点になっている。