1 第一人者の永井弁護士をお招きして
4月17日(日)、永井幸寿弁護士による講演会がありました。
主催は新潟県弁護士会で、演題は「憲法に緊急事態条項は必要か」というもの。
同名の著書が先月発売されています。というか、こちらが著書名を後から「参考にした」訳ですが(笑)。
永井弁護士は、兵庫県弁護士会の所属。
阪神大震災のときに、事務所が全壊する被害を受けて以降、災害対策に取り組んでいらっしゃるということで、文字通りこの分野の第一人者です。
講演会は、熊本で続いている大地震の犠牲者に対する黙祷からはじまりました。
続いて、新潟県弁護士会の憲法改正問題特別委員会委員長の水内弁護士から開会の挨拶。
突然の指名とは思えない抜群の安定感はさすがです。
2 国家緊急権の本質と危険性
(1)国家緊急権の本質
永井弁護士は、講演の冒頭で、国家緊急権について、「国家のために、人権保障と権力分立を止めるもの」であると指摘しました。
人権を保障するために国家があり、人権を侵害させないために国家の権力を分立したが、これとは逆に、
国家のために人権を制限し、国家のために権力を集中するのが国家緊急権だという説明が、とてもわかりやすかったです。
(2)国家緊急権の危険性と歴史的な実例
続いて、国家緊急権の危険性について、①不当な目的で行使されるおそれ、②期間が必要以上に延長されるおそれ、③過度な人権制限がなされるおそれ、④司法が遠慮して人権救済がなされないおそれ、という4点を指摘したうえで、その具体的な実例として、ナチスドイツと戦前の日本の例が紹介されました。
ドイツのワイマール憲法は、20歳以上の男女に選挙権を認め、直接民主制で大統領を選ぶなど、当時、世界中で一番民主的な憲法でした。それでもナチスの独裁が可能になったのは、憲法48条に国家緊急権の規定があったためでした。
また、大日本帝国憲法には、緊急勅令、緊急財政処分、戒厳、非常大権という国家緊急権に関わる規定が4つありました。
これらの規定のうち、治安維持法の「改正」には緊急勅令が、関東大震災のときには戒厳の規定が、ぞれぞれ用いられ、多くの犠牲が生まれました。
(3)日本国憲法にはあえて入れなかった
こうした歴史をふまえて、日本国憲法には、国家緊急権に関する規定をあえて入れませんでした。
緊急事態に対しては、参議院の緊急集会(憲法54条2項但書)や、政令に対する罰則の委任を可能にする規定(憲法73条6号)によって対処することとしたのです。
3 災害と国家緊急権
(1)災害対策の原則
災害対策の原則として、「事前に準備していないことが、災害発生後にできるようにはならない」ということが言われます。
永井弁護士は、東日本大震災のときに痛ましい被害がでた双葉病院事件の経緯について詳しく説明したうえで、「災害の発生後に権力を集中しても何もできない」と語りました。
(2)国と自治体の役割分担
また、日弁連が行った被災自治体に対するアンケートでは、災害時の対応について「主導的役割を果たすのは市町村であり、国は後方支援するのが望ましい」との回答が圧倒的だったと言います。
「災害には顔があり、発生場所・性質によって、とるべき対策もまったく違う」と永井弁護士。
被災者のニーズは、地域ごとに異なり、時間の経過によっても変わっていくが、こうした変化に迅速かつ適切に対応ができるのは市町村だと語りました。
これに対して、国がやるべきことは、人や予算の裁量を市町村に広く認めることです。
被災自治体が災害対応のため様々な措置をとる際、法律の規定が障害になることが多いと言います。これを乗り越えるために、自治体は国との調整に膨大な時間と労力を割かなければなりません。時間と労力を無駄にしないために、市町村の裁量を広く認めるのが国の役割ということになります。
(3)現行法の規定
災害対策基本法など、現行法の規定でも、第一次的責任は市町村、国は後方支援と明確に役割分担がされています。
また、内閣の立法権、内閣総理大臣への権限集中、都道府県知事の強制権、市町村長の強制権など、災害対策に必要な内容が法律レベルですでに整備されています。
このため、例えば自衛隊のヘリが着陸する場所を確保することも市町村長の権限で行うことができますし(災害対策基本法64条1項)、がれきの処理についても同様に市町村長の強制権に基づいて滞りなく実施することができます(64条2項)。
(4)議員の任期延長が必要となる場面はあるか
さらに永井弁護士は、国会議員の任期延長が必要となる場面があるかという点について、具体的な場面ごとに以下の様な対応策があることを具体的に説明し、いずれにしても憲法を改正して緊急事態条項を創設しなければならに必要性はないと強調しました。
- 衆議院解散のとき→参議院緊急集会
- 参議院議員任期満了のとき→衆議院議員と非改選の参議院議員で審議可能
- 衆参ダブル選挙のとき→非改選の参議院議員による緊急集会
- 衆議院議員任期満了のとき→緊急集会の規定を準用
4 自民党憲法改正草案の国家緊急権
自民党の憲法改正草案では、「緊急事態」は法律で定めると規定しています。
このため、例えばデモに対する規制等にも、この規定が悪用・濫用されるおそれがあると言います。
また、緊急事態を「法律で定める」ということは、国会議員の半数で憲法を停止できるということを意味しており、極めて問題が大きいとの指摘がありました。
この他にも、会期中でも国会を無視して政令が制定できる、国会の承認が得られないときに効力を失うとの規定がない、期間の限定がないなど、どれ1つとっても大きな問題であるということでした。
5 質疑から
質疑では、以下の3つの質問が出され、永井弁護士が回答しました。
(1)物資の不足に自治体の権限で対応するために国家緊急権が必要か
「具体的な議論をすると憲法の話ではないことがわかる」と回答。
東日本大震災のときにガソリンが不足した例を挙げ、事前の準備(法律や運用レベルの話)と、国からの要請(内閣総理大臣の指示権)によって対応できると説明しました。
(2)海外からの援助を受け入れるために国家緊急権が必要か
東日本大震災のとき、救援のためにおよそ50カ国から医師が来日したが、実際に診療を行うにあたって、医師法の規定が障害になったという例を紹介。
これについても、そのような医師による診療行為は、正当業務行為として適法とするとの通達を出すことにより対応できたと答えました。
(3)現行法で足りない部分があるか
過去に災害を経験した自治体から、被災自治体に職員が派遣されノウハウを伝えたことで、適切な初期対応が可能になった例を紹介。
自治体同士でカウンターパートナーを決めておき、災害が起きたときに相互に支え合うシステムを全国規模で築いていくことが必要だと語りました。
6 今後の弁護士会主催イベントについて
閉会の挨拶では、新潟県弁護士会の菊池弘之会長から、県弁護士会が主催する5月と6月のイベントについてアピールがありました。
いずれも魅力たっぷりのイベントですので、是非ご参加いただきたいと思います。
(1)トークイベント
素敵な大人女子のための学んでつながるトークイベント~むずかしくない憲法、政治のハナシ~
【日時】5月17日(火)11時~12時30分
【場所】新潟ユニゾンプラザ4階大会議室
安保法制に反対するママの会@新潟の磯貝潤子さんをお招きし、県弁護士会の黒沼有紗弁護士と、田中篤子弁護士の3人で、トークを繰り広げます。憲法や政治が、日々の生活にどうかかわってくるのか、楽しみながら学びましょう!!
(2)対談企画
自衛隊の「今」と「未来予想図」~安保法制で日本は安全になるのか?危険になるのか?
【日時】6月18日(土)13時30分~16時
【場所】新潟県民会館大ホール
元防衛官僚の柳澤協二さんと、元自衛隊幹部の渡邊隆さんをお招きし、安全保障政策の観点から安保法制について語っていただくとともに、PKOのリアルな実態をふまえた国際貢献のあり方についても議論していただきます。
自衛隊のことを誰よりも知るお二人にしかできない突っ込んだお話を聞くことができます!!