つれづれ語り(空き家・空き地の新しい管理制度)


『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」。

2021年6月9日付に掲載された第111回は、「空き家・空き地の新しい管理制度」です。

土地基本法(土地基本方針)や重要土地等規正法案など、近時の法改正・制度改正の中には、所有者の権利(行使)に制約を加えたり、所有者に責務を課したりする方向のものが目立ちます。「社会の変化に対応する必要性」ばかりが強調されて、憲法29条に基づく財産権の保障や「所有権絶対の原則」が蔑ろにされてしまうことには疑問を感じます。原則の意義や重要性をきちんとふまえて、法改正の必要性や内容を検討すべきだと思います。

空き家・空き地の新しい管理制度

1 「権利者」から「管理義務者」へ

民法・不動産登記法の改正のうち、今回は新設された所有者不明土地等管理制度・管理不全土地等管理制度について解説します。

これまで、土地・建物の所有者は、憲法29条による財産権の保障の下、「権利者」としての側面に重きが置かれ、所有者の権利を制約したり義務を課したりすることについては慎重に考えられてきました。しかし、人口減少や社会経済情勢の変化を背景に、所有者の土地・建物に対する関心が薄れがちになり、耕作放棄農地、管理放棄森林、郊外幽霊団地、地方都市中心部の空洞化、危険空き家の増加など、所有者が管理を「放棄」する状況が生まれています。これらは、周辺の土地や近隣住民等に対して、生活環境の悪化、災害のおそれなど保安上の危険、円滑な利用の阻害等の悪影響を与え、将来世代から利用可能な土地資源を奪うことにもなり、何らかの対策が必要だという声が高まっていました。

今般の民法等改正では、これらの要請を踏まえて、適切に管理することが困難な状態になっている土地・建物の所有権に制約を加え、公的な管理を可能にする制度を導入することになりました。所有者の「権利者」としての側面に加えて「管理義務者」の側面を強調する新しい土地政策の流れを受けた、象徴的な改正点ということができます。

2 所有者不明土地等管理制度について

 所有者不明土地等管理制度は、所有者がわからない又は所有者の所在がわからない土地や建物について、利害関係人からの請求に基づき、裁判所が必要に応じて管理人に管理を命ずる制度です。選任された管理人は、基本的には現状維持を前提とした管理を行いますが、必要に応じて、裁判所の許可を得て売却処分をすることもできます。管理人の報酬や管理費用は、申立人が支払う予納金や、売却した代金等からまかなうことになります。

なお、相続人全員が相続放棄をして所有者がいなくなったり、所有者が元の住所から去って所在不明になったりした場合に、その土地や建物を管理・処分する必要があるときは、現行法でも「相続財産管理制度」や「不在者財産管理制度」により対応が可能です(この制度は改正法施行後も一部名称を変えて残ります。)。新しい制度はこれらのミニマル版、簡易版というイメージで理解すると良いでしょう。従来の制度は、相続財産全般、不在者の財産全般を管理、処分するのに対し、新しい制度は、特定の土地・建物に限定して管理命令を出すことが可能になりました。管理人の事務や管理費用の負担軽減を図り、もって利用促進を図ることが狙いです。もっとも、土地・建物に抵当権が付着しているなど債務の精算が必要な案件等では従来の制度を利用する必要があるため、申立ての際には専門家に相談した上で適切に使い分ける必要がありそうです。

3 管理不全土地等管理制度について

 他方、管理不全土地等管理制度は、全く新しい制度です。

こちらは、所有者は判明しているものの管理が不適切な土地や建物について、それらが他人に被害を与え又は与えるおそれがある場合に、利害関係人の請求に基づき、裁判所が必要に応じて管理人に管理を命ずる制度です。管理放棄地に崖崩れや土砂の流出などの恐れがあったり、放置空き家に倒壊の恐れがあったりして、所有者に対応を求めるも、遠方に住んでいる等により適切に対応してくれない場合などの利用が想定されています。

これらについては、これまで、空家法や各地の空き地条例などで対応するか、弁護士等に依頼して物権的請求権に基づく妨害排除請求、妨害予防請求の裁判や仮処分を行うなどして対応する必要がありました。しかし、その負担が大きいことに加え、継続的な管理を求めることが難しいという課題もあり、対策が求められていました。

この管理命令が出ると、管理人は、所有者の意向に関係なく保全管理を行うことができ、その費用を所有者に請求することができます。もっとも、所有者保護とのバランスを図る必要があることから、売却処分などをする場合には、所有者の同意が必要とされています。

4 残された課題

 改正法の施行は令和4年以降ですが、それまでに検討すべき課題はまだ残っています。

一つは、予納金の負担の問題です。上記いずれの制度を利用するにしても、申立人が一定の予納金を裁判所に納める必要があります。現行法の相続財産管理制度や不在者財産管理制度の予納金額(概ね50万円~100万円程度)よりは低額になることが見込まれていますが、どの程度の額になるかはまだ見通せていません。申立人に対して予納金を補助する制度が必要ではないかとの声もあります。根本的には「なぜきちんと管理しない所有者にかわって迷惑を受けている私たちがお金を出さなければならないのか」という声に応えていないことです。このコラムでも以前から指摘していますが、やはり、自動車や家電のリサイクル制度で導入されているデポジット制度(手放す際にかかる費用を事前に預けておく制度)を、土地や建物の取得時にも導入すべきなのではないでしょうか。

もう一つは、法の解釈上の問題です。申立て資格のある「利害関係人」に土地等の買取希望者や自治体は含まれるのか、管理状態や管理方法について所有者と利害関係人の主張が対立する場合はどうするのかなど、条文からは明確でない部分が残ります。安易に適用範囲を広げれば憲法上の財産権保障を脅かすことに繋がりかねません。改正法施行までに、具体例や判断基準等を示すなどして、適用範囲を明確にしておく必要があるでしょう。


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