1 はじめに
政府は、4月11日、「エネルギー基本計画」を閣議決定しました。
しかし、この基本計画は、以下に指摘するとおりウソやごまかしの表現が多い「作文」で、福島第一原発事故やその後の対応によって誰の目にも明らかになった杜撰さやいい加減さがそのまま温存されてしまうのではないか、このような「基本計画」のもとで本当に原子力発電を安全に進めていくことができるのだろうか、といった不安を強く抱かせるものです。
安倍総理は、東京五輪招致の「成功体験」から、「事実と違うことでも自分が言い切ってしまえばそれが事実になる」と考えている節がありますが、この基本計画でもそのことが如実に示されているように感じます。
2 エネルギー基本計画に含まれるウソやごまかし
(1)純国産エネルギー
基本計画では、原発が準国産のエネルギーであるとされています。
しかし、燃料のウランはすべて海外から輸入しています。燃料を再利用する「核燃料サイクルシステム」も完全に破綻しているので、原発が「国産」とも「準国産」ともいえないことは明らかです。
なぜ事実をねじ曲げてまでこのような表現に拘るのか不思議でなりません。
(2)「安定供給性」
基本計画は、原発は安定供給が可能なエネルギーであるとしています。
しかし、原発はもともと、点検のために比較的短いスパンで稼働を停止することが必要な発電方式で,福島第一原発事故が起こる前から稼働率は高くありませんでした。1975年以降福島第一原発事故前までの平均稼働率は7割程度に過ぎません。
また、2003年にはトラブル隠しが問題となり、東電の全原発17基が停止。
07年の中越沖地震後も、柏崎刈羽原発が長期間運転不能になりました。
福島第一原発の事故後も、順次稼働が停止し昨年9月以降は「稼働ゼロ」となっています。
1つの事故でこれだけ長期にわたり一斉に稼働できない状態に陥る発電方式は他にありません。
原発は、原子炉の構造上いったん稼働したら一定の出力を維持することが必要です。
むやみに出力を変動させると安全性に問題が出てくるためです。
つまり、「安定している」のではなく「調整がきかない」というのが原発の特徴なのです。
(3) 「運転コストが低廉」
基本計画は、原発はコストが安いとしています。
従来の試算とそれに対する批判
2010年の経産省エネルギー庁の試算では、1キロワット時あたりのコストについて、
以下のとおりとされていました。
原発:5~6円
火力:8円
これについては、放射性廃棄物の処理費用、廃炉費用、再処理工場の費用,高速増殖炉もんじゅの維持管理費用等を考慮すれば、もっと高額になるはずだとの批判が従来からありました。
新たな試算と、現状に即して計算しなおした数値
そして、福島第一原発事故後の2011年12月に政府のコスト等検証委員会は新たな試算として、以下の金額を示しました。
原発 :8.9円
火力(石炭):9.5~9.7円
これは福島第一原発事故の損害費用を5.8兆円と仮定して算定した数値です。
しかし、同委員会の委員をつとめた大島堅一教授(立命館大学)によれば、福島第一原発事故の損害費用は現時点で13兆円を超えています。さらに、大島教授は新規制基準に対応するための安全対策費用として1.2兆円かかるとしています。これらを上乗せすれば、原発の1キロワット時あたりのコストは12円以上となります。
つまり、政府の試算を前提にしても、原子力発電は火力発電よりもコストがかかるのです。
大島教授は、「エネルギー基本計画をつくる前に実態を踏まえて検証し直すべきだ。間違った情報をもとに政策決定するのは問題だ」と指摘していましたが、結局新たな検証はされないままに基本計画が策定されてしまいました。
(4) 「世界でもっとも厳しい水準の規制基準」
基本計画は、昨年7月に策定された規制基準について、世界でもっとも厳しい基準であり、これに適合した原発については再稼働をすすめるとしています。
政府自身が根拠を示せず
菅直人元総理は政府に対し、新規制基準が世界でもっとも厳しい基準であることの根拠を示すよう
質問趣意書でただしました。
これに対し、政府は4月25日に閣議決定した答弁書で、「諸外国の規制基準を参考にしながら世界最高水準になるよう策定した」と回答しました。
根拠を聞いたのに対し,根拠を示せず結論を繰り返しているだけ。政府の言い分に根拠がないことがはっきりしました。
制委員会の委員長は明確に否定
原子力規制委員会の田中委員長は、「規制基準は安全基準ではない」、「私どもは絶対に安全とかそういうことは申し上げていない」、「お墨付きを与えるためにやっている意識はない」等と繰り返し述べています。
導入可能な設備が要求されていない
ヨーロッパではメルトダウンしたときに溶け落ちた燃料を受け止めるコアキャッチャーや,格納容器を二重化する等の対策が実際に行われています。
このように導入可能な安全設備を要求していない基準が、「世界でもっとも厳しい基準」といえないことは明らかです。
避難計画が含まれていない
規制基準のなかに周辺住民の避難計画の策定が要求されていないことも、大きな問題です。
アメリカではスリーマイル島事故の教訓から、防災計画の策定が要求されています。
IAEA(国際原子力機関)が定める基準でも、万が一事故がおきた場合に周辺住民の放射能被害を最小限に食い止めるために、緊急時計画の策定を原子炉設置・運転の許可要件としています。
規制委員会の田中委員長自身がかつて認めていたとおり、「防災計画まで入っていないと本当の安全確保の国際標準にな」らないのです。
3 終わりに~周辺住民置き去りのまますすめられる再稼働
(1) 絶対に間に合わない避難
「環境経済研究所」が,交通工学の観点から,原発ごとに避難のシミュレーションを行い、所用時間を以下のとおり算定しています。
東海第二原発:国道のみ使用した場合→132時間(5日半)
高速道路や主要道路も使用した場合→52時間
浜岡原発 :国道のみ使用した場合→142時間半(約6日)
高速道路や主要道路も使用した場合→63時間
福島第一原発事故では,避難指示から18時間後に最初の爆発が起こっています。格納容器が破損する事態となれば25時間以内に30キロ圏外への避難が必要という試算もあります。
このように、避難に要する時間と、避難すべき時間との間には埋めがたいギャップがあります。
なぜこのようになるかといえば、日本では人口密集地域内にも原発が建てられているからです。
いずれにしても実際に事故が起これば、相当数の住民が被曝することは明らかです。
(2) 誰も責任をとらない構造
政府は規制委員会が(避難計画の策定が要求されていない)規制基準に適合していると判断すれば
再稼働を進めるとしています。
規制委員会の田中委員長は、同委員会の役割について、「(規制委員会は)規制基準に適合するかどうかを判断している。(稼働するかどうかは)地元、事業者、政府の判断」だと述べています。
共同通信の調査では,防災計画の策定が義務づけられている30キロメートル圏内の156自治体のうち72自治体が避難は困難と応えています。
政府は規制委員会に責任を押しつけ、規制委員会は自治体・電力会社・国に責任を押しつける。
責任を押しつけられた自治体が「困難だ」と言っても再稼働は進められる。
被害を受けるのは国民ですが、誰も責任をとらない構造は福島第一原発事故前と同じです。