つれづれ語り(刑事弁護とIT技術)


『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」。

2018年10月10日付に掲載された第44回は、「あまりにもアナログな刑事弁護の世界」です。タイトルを見ると弁護士を批判しているように見えてしまいますが、そうではなく弁護士が被告人と面会する際に、デジカメ、スマホ、タブレットなどの機器を使用することを認めない拘置所や裁判所を批判する内容となっています。

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あまりにもアナログな刑事弁護の世界

第1 司法のIT化というけれど

以前このコラムでもお伝えしたように、現在、民事裁判手続のIT化に向け検討がすすめられています。国が設置した研究会で最高裁判所の担当者は、民事裁判のIT化を行うに際しては書面を併存させないことを前提に訴え提起や書証等の提出について全てオンラインで行うこととしたいと説明しました。パソコンで文章を書いてもプリントアウトしてチェックしないと不安な「紙」派の私としてはやや戸惑う部分もありますし、パソコンの苦手な人がまだまだ多い日本での極端なIT化はむしろ利便性を損なうのではないかとの疑問もありますが、国際的な潮流からは一定のIT化は避けられないと覚悟しています。

ところで、同じ司法の世界でも、こういったIT化の流れから完全に取り残された世界があるのをご存じでしょうか。それは、刑事弁護の世界です。

第2 ドラマと違う刑事弁護の現実

東京弁護士会の竹内明美弁護士は、刑事弁護委員会で活躍する刑事弁護のエキスパートです。彼女は、平成24年のある日、担当している刑事被告人との裁判の打合せのため東京拘置所を訪れました。ところが、面会室で彼女が目にしたのは、身体を小刻みに震わせ、ぶつぶつと意味の分からないことをつぶやいている被告人の姿でした。被告人の精神状態の異変に気づいた彼女は、弁護活動のために被告人の様子を撮影して裁判所に提出する必要があると考え、持参していたデジタルカメラで撮影を開始しました。すると、突然、拘置所職員が面会室に入ってきて、「撮影は禁止だ。フィルムを消去しろ。」と命じてきました。彼女が「裁判所に提出する証拠なので消去はできない。」と断ると、今度は「それなら面会は終わりだ。」と行って彼女を面会室から追い出しました。

彼女は、拘置所の対応は、憲法34条や刑事訴訟法39条1項に基づき認められる弁護士の正当な弁護活動を侵害するものであり違法だとして、国家賠償請求訴訟を提起しました。ところが、平成27年7月9日、東京高等裁判所は、拘置所の対応に問題はないとして彼女の訴えを退け、最高裁もこの結論に同意したのです。裁判所の理屈は、「弁護士には面会室で被告人の様子を手書きで紙にメモする権利はあっても、カメラ等の機器で記録する権利はない。」という驚きのものでした。

第3 IT機器の利用ができない弁護士たち

上記以外にも、「デジタルカメラを持っている」「携帯電話を持っている」というだけで被告人との面会を断られた弁護士、面会室にパソコンを持ち込み証拠データを再生しながら裁判の打ち合わせをしていたら妨害された弁護士、犯行場所の確認のためにスマートフォンのグーグルマップという地図アプリを利用していたら妨害された弁護士など、ひどいケースは枚挙に暇がありません。

スマホやタブレット全盛のこの時代に、「その利用を禁じても弁護活動の不当な制約にはならない」とする感覚は、大抵の仕事が裁判所内で完結し、外出先での打ち合わせの機会がほとんどない裁判官ならではだと思いますが、あまりにも時代遅れで、世間の感覚からずれていると言わざるをえません。

第4 必要な対策を検討すべき

民事裁判手続のIT化検討会で、「重い紙の記録を持ち歩きたくない」「紙とデータが併存すると管理が大変」(と説明したかどうかは分かりませんがそれが裁判所の本音でしょう)と書面での提出を完全に禁止するような極端なIT化案を出しておきながら、刑事弁護人にはIT化の恩恵を受けさせなくても構わないという姿勢では、弁護士の協力が不可欠な司法のIT化がうまく進むとはとても思えません。

現実的にも、将来、民事裁判が完全オンライン化されるのであれば、刑事裁判に関連する民事裁判の証拠データに基づき被告人と打ち合わせを行おうとする場合、パソコンやタブレットの持ち込みができないのではあまりにも不便です。

「通信機器が持ち込まれると外部の者との接触が容易になって罪証隠滅や逃亡のおそれが高まる」というのが拘置所側の言い分なのでしょうが、それはそれとして対策を講じるのは拘置所ないし国側の責任であって、対策不備を棚に上げて弁護人の弁護活動を不当に制約していいという理屈は成り立たないのではないでしょうか。