つれづれ語り(原発をめぐるもう1つの神話)


『上越よみうり』に連載中のコラム「田中弁護士のつれづれ語り」。

2018年8月29日付に掲載された第41回は、「原発をめぐるもう1つの神話」です。
福島第一原発事故が起こったことで、原発の安全性についての多くの言説が「神話」であったことが認識される様になりました。本コラムでは、原発があることで地域経済が活性化するというのも「神話」であることを明らかにした新潟日報特別取材班の調査報道を紹介しています。

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原発をめぐるもう1つの神話

因果関係の判断

因果関係の有無を判断するのは、必ずしも容易ではない。

「A」という出来事の後に「B」という出来事が起こると、「A」が原因で「B」が起こったように見える。しかし、たまたま2つの出来事が相前後して起こっただけで、「A」とは別の「C」が原因で「B」が引き起こされた可能性もあるから、それだけで「A」と「B」の間に因果関係があると言い切ることはできない。

薬を飲んだら病気が治った、というような場合も同様だ。飲んだ薬が効いたのかも知れないが、自然治癒などの可能性もある。そこで、薬を投与した群と偽薬を投与した群とを比較して、両群の間に統計的な有意差があるか否かによって効果を判定する(比較臨床試験)。この際、「思いこみ」による影響を排除するために、被験者(患者)に対してはもちろん、観察者(医師)に対しても、どちらが本物の薬であるかを伝えない(二重盲検法)。

「原発のおかげで地域経済が活性化した」、「原発が止まっているから経済が冷え込んでいる」というのも、多分に「思い込み」の面がある様だ。新潟日報の原発問題特別取材班が、独自調査に基づいて明らかにしている(『崩れた原発「経済神話」柏崎刈羽原発から再稼働を問う』明石書店)。
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統計データの分析

取材班は、経済学者の協力も得て、各種統計データの推移を、人口規模が近い柏崎市、三条市、新発田市の3市で比較した。

主要4産業のうち、「製造業」(製造品出荷額)、「サービス業」(総生産額)、「卸売・小売業」(総生産額)では、3市の数値はほぼ同じ推移を示しており、原発があることによる影響は見られなかったという。「建設業」については、原発の建設期には柏崎市の総生産額が一時的に跳ね上がるものの、プラント建設が終わった後は、残る2市と同水準に落ち着いており、影響は限定的であった。

また、雇用全体の推移(民間事業者の従業員数)を見ても、3市は極めて似通った傾向を示しており、やはり原発による影響は見られなかった。

100社の面接調査

取材班は、柏崎市内の企業100社に対する面接調査も行っている。この調査では、原発の再稼働が自社に直接的な好影響をもたらすと考えている経営者が思いの外少ないことが明らかになった。

「再稼働すれば原発作業員が増えて街が活気づく」との言葉に象徴される様に、回り回って景気がよくなるのではないかというイメージが広く共有されている。「建設期の一時的な売上増を原発の稼働による経済効果と思い込んでいるのではないか」というのが、分析にあたった経済学者のコメントだ。

しかし実際には、原発は稼働しているときよりも、運転停止中の方が作業員が増える傾向にある。安全対策のための工事が集中的に行われるからだ。東電幹部も、再稼働すると現在よりも作業員が減ることを認めている。

「建設期をのぞいて、街に人があふれていたことがあったのか、なかったじゃないか」という店舗経営者のコメントが現実を的確に言い当てている。シャッターがしまったままの商店街は、原発が長期間停止する前から、柏崎だけではなく多くの地方都市で共通して見られた光景だ。

「経済神話」を乗り越えて

原発を立てたことで、柏崎市には、国から交付金が、東京電力から税金が、それぞれもたらされた。その額は2016年度までで約2800億円にのぼるという。これらを利用して多くの公共施設が建設された。しかし現在、施設の建設にあたって借りいれたお金の返済や施設の維持管理費が市の財政を圧迫している。

原発が地域経済の活性化につながっているというのが「経済神話」だとすれば、地元が原発を受け入れる理由はほとんどなくなるのではないか。原発再稼働の是非を考える際には、「安全神話」や「経済神話」を乗り越えて、事実に基づいた冷静な判断をすることが必要だろう。